狼煙をあげて
存在意義を見いだせない、というか存在すらしていない作文部(仮)に新たな入部希望者がやってきた。
「二年四組、桃と申します。ピノとカントリーマァムが大好きで、これらは神の創りし食べ物だと考えています」
ふざけた自己紹介に、彼女にはやる気がないのだと、頭の片隅で理解した。白い肌に黒い瞳、まるっきり温室育ちといったような少女だったが、髪型は活発さをアピールするように後ろでまとめられ、小さな輪郭を強調している。
会ったことはない。ただし見覚えはある。
初対面で「夢で会ったことがある」なんて歯が浮くようなセリフを吐けば、自分自身のアイデンティティの崩壊を招くと判断した結城はひとまず口を閉ざすことにした。
入室事から露骨に不機嫌さをアピールしている桃の横で、ヒマワリが片頬を吊り上げニヤニヤしている。無理やり連れてこられたのだろうと結城は推測した。
「私は稲葉冥利、そこの男子は結城裕也ことユーユー。よろしく、桃ちゃん」
自身の不本意なあだ名が呼ばれると同時に会釈する。
「私は頼まれて名前を貸すだけですので幽霊部員と思ってください」
「大丈夫。作文部はきっと楽しい」
「ですから参加はしません。申請の数合わせです」
「桃ちゃんも夢中になること請け合い。作文部の活動は充実しきっている」
「いえ、私は参加しないので関係がな」
「いっしょに頑張っていこう」
「……」
稲葉の押しの強さは折り紙付きだ、と結城は密かに同情し、
「切磋琢磨して良い作品を作っていこうぜ、桃ちゃん」
親指をたてると、もの凄い形相で睨まれた。
「やってけそうだね」
「どこをどう見てたらそう思えるんですか」
「まあまあ桃ちゃんも仲間になったことだし、ここは本格的に活動目的、目標を決めましょうよ」
場をしきりだしたヒマワリに、面倒くさいから全部まかせたと丸投げすることにした。
「目的は小説作りだよね」
「作文の間違いだ」
「目標は入選、賞金、印税、タックスヘイブン、リゾート、ハワイアーンだよね!」
「とんでもないとこに行きついたなっ!」
「およよ、ユーユーは違うのかい」
「てめぇと同じ意見のヤツがいるか!」
桃が小さく手をあげた。
「お前は面倒くさいだけだろ!」
「初対面なのにずけずけおっしゃいますね」
「な、あ、まぁ、うぅん……」
実際彼女の言うとおりなのだがいまいち腑に落ちず、言葉を濁した結城に、
「だからと言ってどうこう言うつもりはありませんが」と桃は冷ややかに彼を見た。
「まぁまぁ、それじゃユーユーはどんな活動目的があるのさ」
場を和ませる声音のヒマワリに結城は小さく息を吐いた。部を設立する気にはなれない彼にとって、二人は邪魔な人物に他ならない。正直言うなら稲葉冥利とも手を切りたいところなのだ。
「あわよくば入選、賞金、あわよくば印税だな」
「あわよくば、をつけただけで私とそんなに大差ないじゃん!」
「お前らには節操がないんだよ。俺は自分らの実力を鑑みた上で、おこがましい発言はしないの」
「小さい小さい。夢は大きくビッグマウスで」
こくこくと頷く日向の横で、桃が退屈そうに欠伸をしていた。殴りたくなった。
「ユーユーはだめだねぇ。冥利は?」
「日本全国あまねく国民に私の存在を知らしめる」
「……NHKみたいだね」
ジャギ様の間違いだろ。
「とにもかくにも、小説作りでありまーす!」
「その通り」
「そして賞への応募!目指せ入選、印税!頑張りましょー」
「おぉー」
高気圧と低気圧の激突はプラスの方向に科学変化したらしい。とんとん拍子に進む部活動に、呆れを伴った目眩を覚える。もうなにを言おうと無駄なのだ、彼女たちを止めることはできない。
「完成作品はどこに送るんです?」
「え」
物事の行く末を見守ることにした彼にとって、桃の発言は天使のラッパのように聞こえた。
「そりゃ、出版社だよ」
桃と目を合わせず視線を宙に漂わせてヒマワリは至極当然のことのように呟く。
「どこの出版社ですか?例えば」
「でっかいとこ」
「なんという賞に応募する気なんですか?直木賞、芥川賞、ノーベル文学賞?」
語尾に思いきりバカにしたかっこ笑が付帯されている。
「ははっ、日向葵賞、なんてーだめかな?はは」
「尊敬すら覚えます。あんまり間抜けな発言しないでください、同じ四組として恥ずかしい」
昨日似たようなことを言っていた稲葉が、密かに顔を赤くして俯いた。
それを横目で見て、結城は小さくガッツポーズをとる。暴走列車たる日向を足止めし、湯だった頭に水をぶっかける桃の発言は、救世主の一言のように神々しく感じられた。
彼女ならふざけた部活をつぶしてくれるかもしれない。
「それで部活を発足しようなんてよく言えますね」
「桃ちゃん、急いては事を仕損じる、という言葉を知ってるかい?」
「先んずれば人を制すとも言います。作文部に必要なのな情報、準備、行動です」
「うーん、そうねー」
「調べときました」
どん、と机の上にA4サイズのプリントの束が置かれた。
「純文学、大衆小説、ライトノベル。小説の賞のジャンルは多岐にわたります。数ある中から厳選し、さらに新人賞があるものを選びました。応募要項なども記載されてますから目を通してください」
「やる気満々かよ!」
涼しい顔で凄まじい活躍ぶりをみせる新入部員に、結城はたまらず声を荒げた。潰す側かと思ったら、その実部の一番の功労者だったのだ、裏切られた心情だ。
「すげぇ、さすが桃ちゃん。私たちにできないことをー以下略!」
「ありがとう。どれにしよう」
日向と稲葉の二人はプリントの束に餌を求める鯉のように群がる。
その様子を眺めながら桃は一枚を取り上げ、パンと音をたてて叩いた。
「締め切りが3ヶ月以内で最も入選しやすいと思われるのがコレです」
A4サイズの藁半紙に印刷された文章を日向がたどたどしく読みあげる。
「青春小説、大賞?」
小説のジャンルを細分化した時、物語の主人公、それを取り巻く登場人物が若年者でありモラトリアムを通した体験が綴られているものを青春小説という。
「このジャンルなら若者の心情をよりリアルに抉るように記せます。描写すべき人物は同年代ですしなにより物語が破綻しにくい」
「おぉー。なんだか行けそうな気がしてきたよ」
日向のやる気に満ち溢れた発言に、
「私は最初から出来ると思っていた」
と稲葉がよくわからない対抗心を燃やしたところで、沈黙を決め込んでいた結城は、声をあげた。
「青春してない俺にはそんなもん書けん」
悲しい発言だった。
「美少女三人に囲まれて、青春してないなんてどの口が言うのさー」
「お前は青春してると言えるのか?青春ってなんだ?」
突然の夕陽に語りかけるような質問に、日向は口を半開きにして固まる。
「確かに充実した日々を送るのが青春だとしたら、私の日常は灰色にまみれた無味乾燥なものかもしれない」
結城の悲しい発言に、さらに落ち込むような声音で稲葉が静かに同調する。
「だけどこれから作りあげる作文部の日常はまさしく青春と称するに相違ないものになると思う」
「それは違いますよ。稲葉さん。ユーユーさん」
あだ名がすでに固定されてしまったこと結城は静かに理解した。
「青春とは、還暦である60までを方位を表す青龍白虎朱雀玄武の四神で割り、春夏秋冬の四季を加えたもの。若い時が青春、そこから朱夏、白秋を経て玄冬。若い時代を表す単語が「青春」なんです」
そこで「つまり」と一息ついてから、
「若ければ青春なんです」
身も蓋もねぇ。
「さて、賞の募集要項は『青春小説』であること」
桃はプリントの束の一番上にくるよう手にもったそれをそっと置き、
「これで一つやってみませんか?」
くりくりした瞳を他のメンバーに向けた。
「手拱いていた小説のジャンルはこれで決ー定、私は異論なーし」
ヒマワリが大きく手をあげ、賛同する。
「俺も別に」
作文部の活動としては反対である結城だが、やってみたいという気持ちの方が単純に勝っていた。
「私も」
稲葉は短いが確かな言葉で、はっきりと告げる。
「それでやってみたい」
稲葉のノートにはでっかく『青春』と書かれ、下に可愛らしく『決定!』と綴られた。
はじめの自己紹介で名を貸すだけで活動はしないと明言していたはずの桃だが、いつしか率先して部をまとめあげる妙な展開になっていた。
稲葉冥利が構築している作文部の雰囲気は、やる気を引き出す力があるのかも、と結城はなんとなくそう思った。
「ジャンルが決まったところで次は話作り、です」
机に広げられたノートをとんとんとペンで叩きながら桃が呟いた。
「皆さんの遺憾なき意見を、」
「仄かな恋愛描写は入れたい」
「クスりと笑えるコメディ要素は欲しいよね」
「緊迫感を高めるホラーは不可欠だろ」
てんでばらばらな意見に、いつの間にか司会進行役になっていた少女は閉口した。
「笑える部分がなくちゃ物語がダレるよ」
「ばっか、お前そんなんじゃ締まらねーだろ。読み手をドキドキさせなくちゃな」
「ユーユーもヒマワリも青春小説ということを忘れている。切なさ描写しなければ、青い春とはいえない」
「それもあるかもしれないけどさぁ、やっぱり青春っていったら下らないことやって笑い転げる、コレでしょ」
「多感な時期のモヤモヤとした感情だな、丁寧に残酷に描写して、」
「ストッープっ!」
ガヤガヤと騒々しい相談風景にたまらず声をあげた桃は、机を大きく叩いてから立ち上がった。
他のメンバーは鳩に豆鉄砲といった様子でそれをみる。
「物語には起承転結という順序があります」
「へっバカにすんじゃねー桃ちゃん、そんくらい知ってるぜぃ、小論文の書き方で習ったもんねー。序論本論結論……あれ?」
ヒマワリの茶々を無視して桃は話を続けた。
「起で、承で、転で、それぞれの挙げたテーマを意識して話作りをしてみてはいかがでしょう。あくまで青春小説という枠組みを外さずに4つのルールを守って」
「そんなうまくできるかよ」
「上手く行くよう調節するのが作者の実力なんじゃないですか。しっくり来るプロットをみんなで考えましょう」「そうだなー」
良いアイディアを出そうと三人が首をひねり始めたのを見て、桃は人心地がついたように腰を下ろした。
唸りながら考え続け、数分経ってから日向がいの一番に挙手する。
「はい、考えつきました!」
「どうぞ」
メモできるようペンを構えた桃に促され、日向は元気溌剌に声をあげる。
「お笑い芸人を目指していた主人公がヒロインと恋に落ちて、彼女のストーカーに殺されかけるけど、なんやかやで結ばれる!」
「……」
「どう?」
「ヒマワリは少し枠に捕らわれすぎな気がします」
「却下かー」
残念そうに机に沈んだ彼女に変わって、
「はい」
稲葉が手をあげた。
「友達とふざけあいっこしてたら、空から女の子が降ってきて、ゾンビとバトルしながら、世界崩壊を免れる」
「脈絡がなさすぎます」
「……そう」
稲葉はかすかに肩を落とした。
「ユーユーさんは?」
「ん」
「なにかありますか?」
桃に突然降られ、なにも考えつかなかったとは言えず、
「線路脇の森林に死体があると噂で聞いた少年……少女たちが、だな、陽炎にぼやける線路沿いをふざけあいながら、歩くわけ、だ」
とりあえず、ぱっと思いつきで、嘯いてみる。
「……」
「敵役にジャックバウアーなんかを配置して」
スタンドバイミー丸パクリの原案に、一同は皆口を閉ざした。
「いや、冗談、」
「いいねぇ!」
「は?」
ネタばらしを続けようと声をあげた彼より先に日向が賞賛の声をあげた。
「ユーユーいいよ、それ!なんていうか、ノストラダムスな感じがして」
「ノスタルジック」
「そうそれ郷愁的というか」
「たしかに死体を探しに行くという暗い設定と裏腹な切なさを彷彿とさせる題材です」
手放しで誉める桃に結城は慌ててこの設定はパクリだと声をあげた。




