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 眠らなければいいんじゃん。

 単純な回答だが、その有効性は確かなものといえる。

 そうだよ、いくら稲葉が変な力を持っていようと所詮夢の中だけの話、意識を保ってさえいれば関係ない。

 明日がつらいが身を守るためには致し方ないと夜更かしを決め込んだ結城は、さっそくゲームソフトを起動した。

 指にタコができるまでやりこんだ格闘ゲームだ。対PC相手というのが寂しいところだが、続けてプレイしていくうちに敵も学習して手ごわくなっていく。

 夢中になってボタンを連打しているうちに夜が更けた。

「桃ちゃーんいいでしょー」

「ヒマワリは勝手すぎます。なんで私がそんな存在意義の薄いクラブに入らなければいけないんですか」

「帰宅部よりは内申点プラスされるよー。桃ちゃん推薦狙いしょ」

「どうしてそれを。な、なんにせよ拒否します」

 おいちょっとまて。

 ほっぺたをつねってみても、痛覚が麻痺しているみたいで痛いのか痛くないのかよくわからなかった。

「お、ユーユー。ちぃーす」

 にこやかに片手を上げる日向葵。

「また来たんですか。やれやれです」

 桃ちゃんと呼ばれていた少女は軽く肩をすくめて、パイプ椅子に腰を下ろした。

「……なんでやん」

 あまりの不可解さに、結城は流暢な関西弁で頭を抱える。

 ヨガファイヤを放っていたのに、気づいたら机と椅子が並ぶ簡素な空間にヨガテレポートしていたのだ。その驚愕は言葉では表せられない。

「どうやら冥利、クラブ活動にすっごい興味津々みたいだねぇ」

 日向はオーバーに腕を広げて、自分たちのいる空間を示した。机と椅子とが並ぶ六畳ほどの簡素な空間だった。友達の話でイメージする部室のようなところに、結城達は立っている。

「これが噂の稲葉の絶対領域か……」

 自らの心象を知りもしない単語でごまかそうとするがうまくいかなかった。

「くそっ、いつのまに寝ちまったんだ。あんなにMAXコーヒーを飲んだのに」

「無理無理。冥利の睡眠時発せられる特殊な念波はターゲットを確実に捉えるからね。車の運転とかは気をつけた方がいいよ」

「今すぐ覚めろ!鳴り響け目覚まし!」

「焦らなくても直ぐ覚めるよ。落ち着いてユーユー」

 静かな口調で慰める日向の声はたしかに彼の鼓膜を震わせていて、とても夢だとは思えなかった。

「無事に帰還できるという保証は?」

「大丈夫だって。ストーリー性のない類はすぐに終わるのがルールだからね」

 日向は人差し指をピンと立てて続けた。

「そもそも夢ってのはね、ユーユー。記憶の整理整頓なのさ。脳が得た膨大な情報を短期記憶から長期記憶に移し替えようとしてるわけ。つまり海馬や大脳皮質に治められている記憶をフラッシュバックさせ記憶を繋ぎあわせる働きを持ってるの。もちろん強くイメージしたことも記憶として夢に視ることはあるから注意してね。例えばそうだな悪魔のトリルなんかが有名かな」

「またお勉強の時間かよ。お前バカそうなのに結構難しい言葉を使うよな。見た目に反して実は頭いいだろ」

「いやあ、それほどでもー」

 頭をぽりぽりと書く日向に結城は貶してから誉めたのに、と軽く息をはいた。

「話をちゃんと聞いたほうがいいですよ、結城さん」

 涼しい顔で頬杖ついていた少女が結城に話かけてきた。

「む、桃ちゃんか」

「気安くよばないでください。なにをもってそんなふざけた呼称を用いるんですか」

 ポニーテールの少女は柳眉を逆立てて声を荒げた。

「だって俺あんたの名前しらねーし。んじゃなんて呼んだらいいんだよ」

「呼ばなくていいです。私も結城さんのことは『あなた』としか呼びませんから」

「コミュニケーションを取る気ねぇーな」

 妙に可笑しくなって自嘲ぎみに鼻を鳴らした彼の肩にぽんと日向は軽く手を置いた。

「とまぁ、夢の役割から冥利の場合を分析したいんだけど」

 こいつはまったくブレないな。

「この記憶の整理整頓は時間にしたらほんとに一瞬で、しかも一つ一つが短いんだ。そうなると疑問が一つ出てくるよね」

「なにが?」

 ソクラテスメソッドに置ける双方向性が、ぼんやり聞いているだけではまったくいかされなかった。

「ストーリー性のある夢だよ。時間の流れを感じられるでしょ?」

「現在進行系だぜ」

「そう。実はこれ脳が時間性があるものとして処理してるんだ。夢は同時に複数の情報を記憶整理の過程で流すの。現実世界ではあり得ない状況をわかりやすくするための処置といわれてるけどね。実際には刹那に近い時間なんだ」

「ふーん」

「んでストーリーについてはかんたん。例えばユーユー。檻、猿、バナナっていう文字を連続で見たら、檻に入ってる猿がバナナを食べてんだなーってイメージが沸くでしょ?つまりストーリー性のある夢ってのはそういうことなんだよ」

「おう、まったく何言っているかわからないぜ」

「つまりは速読術を脳が行ってるわけさ。文章ではなく映像なら一瞬で理解できるでしょ?」

 話を聞いてなかった結城はどういうだと心の中で突っ込みを入れた。

「冥利の夢も、単なる情報とストーリー性があるものとに分かれてるの。冥利の場合、夢ではなく仮想空間を作りだしてるんじゃないかっていう説もあるけどね」

 肩をすくめてから続けた。

「ストーリー性があるものに関しては区切りがつくまで終わらないから面倒なんだけど」

「それはやっかいだな。見てればいいのか?」

「だと楽でいいけどね」

 溜め息混じりに日向は桃と目を合わせた。

「私たちが参加することが前提で話作られてる場合がほとんどでさ。まあ無理やり割り込んでるからってのも原因の一つだろうけど」

「それじゃどうすんだよ」

「まあ破綻しない程度に」

「演じる、と?」

「簡単に言うとそうだね」

 白い机に、3つ並んだパイプ椅子。現実的な光景に稲葉冥利の恐ろしさに、いっそ笑いがこみ上げてきた。

「まじかよ。そりゃごくろうさんだな」

「まあこれが夕方言い損ねたセーフティーの役割なのさ。現実に影響がでないよう綻びの調整っていうね」

「ぷぷ、じゃ、なに?稲葉がメルヘンな夢みたらお前ら妖精になって空とんじゃんの?」

「夢の中じゃなんでもござれ、だよユーユー」

 稲葉が男子中学生じゃなくてよかったな、と結城は思ったがセクハラ発言になるので黙っておいた。

「まあいいや。なんにせよ俺には関係ない話だ。寝る」

 パイプ椅子を引いて机にふせようとする。触感が手のひらを伝わり、改めて現実世界と遜色がないことを再認識した。

「他人事ではないのです。結城裕也」

 ちらりと顔を上げると、向かいに座る桃と目があった。すっきりとまとまった小顔は、どことなく稲葉冥利に似ている気がした。

「桃ちゃん俺に話かけた?」

「だから、ちゃん付けで呼ばないでください」

「んーじゃー桃?」

「気持ち悪い!」

 面と向かってそんなこと言われたのは初めてだった。ましてや相手は女の子だ。

「だから、代名詞で。……脱線しました。あなたも私たちのこと笑える状況ではないこと、おわかりですよね?」

「……」

 薄々感づいてはいたが認めたくなかった。

「あなたは夢にとらわれてるんですよ」

「うん、そうか、なるほど」

 こくこくと頷いてから、

「助けてください!」

 おでこをガツンと机につけて彼は頭を下げた。

「と、突然なんなんですか?」

「結城裕也の人生に非日常はまっぴらごめんなんです!なにとぞ脱出方法を!平に平に!」

「し、知りませんよそんなの。自分の意思に反して冥利さんの夢に干渉する人なんて初めての事例なんですから」

「ち、つかえねーな桃ちゃん」

「もういいです。好きに呼んでください」

 注意するのに疲れたらしい桃は、小さく息をはいた。

「ん、ちょっとまて。お前らは自分から稲葉の夢に干渉してるのかよ」

 問われた彼女はちらり日向の方に視線をやり、そのアイコンタクトで代わりに日向が口を開いた。

「あたしたちは8年前にそーゆー超能力を手にいれたのさ。夢に入りこめる能力をね。んで、この力を使って調査してるわけ」

「うひょ超能力。ついにきたか」

 いままでも十分突き抜けた展開なのにいまの彼女の発言は、結城のテンションを妙なところで上昇させた。

「そこらへんはおいといてだよ。一つ忠告をさせてもらうけどね」

「またか。それ好きだな」

「ユーユー、夢の中での突飛な行動は慎んでね」

「どういう意味だ?」

「今日みたいな端的な時はいいけど、ストーリー性がある夢のとき流れに反した行動をとったりしたら」

 突然視界がぐらりと揺らいだ。

 世界の変貌に「あっ」と声をあげる。壁や天井が、ぶつぶつと虫食いが発生するように部分部分消滅していく。

「最悪世界が滅びるから」

「はああ?」

 それが夢の終わりだと気付くのに時間はかからなかった。


【君島は普通の男の子だけど私にとっては特別な異性で、都心部に出ると聞いた時、私の胸にはぽっかりと丸い穴があいた。

 排気ガスで黒ずんだ未来はくすぶっていて、ただ漠然とした焦燥感だけがその時の懸案事項だった。

 なにもかもかなぐり捨てた価値観に「さよなら青春」と、桜の蕾に問いかけるくらいの声量で呟くと、彼は「そんな言葉で過去にすんなよ」と照れ笑いを浮かべそっと私の手を握った。

 しっとりと湿った手のひらだったが不快感はなく、不思議と心が温かくなるような体温だった。】

「どう?」

「どうって……」

 最近みるようになったシリーズものの変わった夢(そう思うことにした)に頭がいっぱいの結城を、ボタンのように丸い稲葉冥利の瞳が見つめていた。

 放課後また呼び出され、手渡されたのは砂糖菓子のように甘い小説の冒頭、彼女が好きだと言っていた『純愛もの』のはじめの部分だった。

 手書き、ということはオリジナルなのだろう、なるたけ当たり障りのない言葉を選びながら批評を開始した。

「なんかくどくないか?文章が」

「そうかな。例えばどこが」

「俺の個人的見解だが、比喩表現が全体的に」

「そう」

 しょんぼりと肩を落とす稲葉を励ますように結城は声をあげた。

「でも俺が恋愛小説読まないだけだからな。純愛は好みじゃないんだ」

「それなら仕方ない。それはそうと今日こそはジャンルを決めよう」

「ああそうだな」

 一組の教室にいるのは結城と稲葉の二人だけで、日向は「さきやってて」と最初に顔出ししただけでどこかに行ってしまった。自分から参加を表明したくせに無責任な、と思ったが、稲葉の前じゃどっちみち夢のことを確認できないのだから変わりはないか、と少年は小さく一人ごちた。

 日向といえば昼休み、友人の一人が「ヒマワリさんとどういう関係だこら」と頭を小突いてきた。なんでも昨日駐輪場で立ち話をしていたところを陸上部に目撃されていたらしい。

「ふっ、どうやら第二のモテ期という名の獣が目を覚ましたらしいな」と適当なごまかしをすると、割と強めに首を絞められた。


「ご意見ご感想、続きを読みたいという方をお待ちしています」

「お前はなにをやってるんだ稲葉」

「こういう時テレビだと下に郵便番号が表示されてるはず」

 自身の鎖骨あたりから地面を指さして、それを左右にふるという妙な行動をとる稲葉を白い目で見ながら結城は静かにノートを広げた。

「おもしろくない冗談だ」

「そう。残念。薄々気づいていた」

 ならやるなよ。と二人で溜め息をつくと同時に教室のドアがガラリと開かれ、日向が明るい声をあげ入ってきた。

「やっほーご機嫌いかか!」

「上々」

「単語じゃ嘘くさいよー」

 やって来た鬱陶しい台風は、意味もなくくるくる回転しながら、また適当な椅子を二脚つかむと、結城の席に歩みを進めた。

「……二脚?」

「紹介します。期待のニューカマー」

 彼がクエスチョンマークを浮かべるのと、ポニーテールの少女が一組の教室に入ってくるのはほぼ同時だった。

「桃ちゃんです」

「……どうも」

 そこに立っていたのは夢でみた少女だった。



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