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交渉ー哄笑

 誰かと意見を出し合いながら創作活動をするのは初めてだし気恥ずかしいものがあったが、その点にさえ目をつむれば実に有意義で楽しい時間だといえる。 放課後女子と二人きりという、ある種あこがれなシチュエーションの真っ只中にいながら、心に起こるのはよこしまなものではなく、まっさらな画用紙に向かったときと同じ高揚感だった。

「互いに好きなジャンルを言い合ってそれで決めよう」

 とはいえ話は進まず、未だに外堀すら埋まっていない。

「そうだな。稲葉はどんなのが好きだ?」

「私は純愛モノが好き」

「……」

 彼が触れたことのないジャンルだった。稲葉の持つノートには短く『恋愛』とだけ記される。

「結城は?」

「俺はスプラッタ、ホラーかな」

「……」

 彼女が触れたことのないジャンルだった。

 無言になりながらも律儀にノートには『ホラー』と綴られる。少女の生真面目さが感じられた。

 どんなに話合いが楽しくても、会議は進まなければ意味はなく、なにも成さずに終わるのは情けないにもほどかある。

 段階ごとにまとめに入らなければ、完成させられるものもできるわけがない。そういう思いがあってか言い出しっぺは、両手をぱんと叩き合わせ楽しげな音をたてた。

「それじゃ2つを混ぜて純愛ホラーにしよう」

「はぁ?」

「臓物脳漿撒き散らされた荒野で芽生える恋、素敵」

「いや無理だろ。どうやったって無理だろ」

「だからこそ斬新。ハリウッドとかでピンチを切り抜けて結ばれる、吊り橋効果的現象」

「いいか、よく言われるが、『そのアイデアは誰も思いつかなかったんじゃなく、思いついたけどやらなかった』んだ。意味わかる?」

「ん、なんとなく」

 感性はバラバラで、意見が合致する方が珍しい。そんな状況で小説作りなんて遠い夢のように思えた。

「好きなものをぶつけ合うのは難しいね」

 一息いれる穏やかな声で彼女は呟いた。

「そうだ!それなら、お互いこれだけは譲れない、絶対にいれてほしい要素をあげるのはどう?例えば男女の恋愛要素など」

「なるほどいい考えだ。俺は、そうだな。安っぽいと笑わないで欲しいんだが、異形、……フリークスなんかが欲しい」

「うん、アイスピック男のようなやつか。うんうん。なかなか興味深い」

 腕を組んでこくこくと頷く稲葉冥利に「お前は?やっぱり恋愛要素か?」と尋ねる。

「私?私は」

 少し頭をひねってから口を開いた。

「キス」

「きす?接吻?」

「うん」

「凄く簡単なキーワードだな」

「ストーリーの終わりに欲しい。完結を、フレンチキスという切ない思春期の終わりで飾る。胸に突き刺さる余韻が作れると思う」

「……まあそこらへんはおいおいな」

 キラキラと夢見る少女の瞳に無数浮かんだ反対意見を述べるほど、彼は子供ではなかったが、胸に去来するのは一抹の不安、あ、これダメだ。何回か味わったことのある挫折感が胸をかすめる。このままでは話合いで終わり、物作りまで入らない。将来振り返ってみたときただのイタい歴史にしかならないし、一度やる、協力すると言った以上は最低ラインとして完成まではこぎつけたい。

 さてどうしたものかと頭を悩ませていた結城の耳に唐突として明るい声が届いた。

「やっほー、一組の皆さん、こにゃにゃちはー」

 教室のドアを開けて我が物顔で入ってきた女生徒に結城はもちろん稲葉も目を丸くする。

 ふわりと揺れる金髪のショートボブ、昨日駐輪場で日向葵と名乗った少女だった。

「あなたのおはようからおやすみまでの暮らしを見つめる、二年四組の風雲児、ひっまわりでーす」

 バチりとウインクをかまし、日向は適当な椅子を引いて、結城の机にくっつけるとそれに腰をおろした。

 ぽかんとしていた稲葉がやがて冷淡な口調で口を開いた。「あなた誰?」

「むっふふ、私の名は日向葵、通称ヒマワリ。そこで呆けてるユーユーの唯一無二にして一番の親友。ただし恋愛感情はないから安心してね」

「ユーユー……」

 稲葉はぼそりと呟いて下をうつむいた。選手交代とばかりに結城は四組の来訪者に声を荒げる。

「なにが親友だ、昨日会ったばかりじゃねぇか」

「友情に、時間は関係ないんだゼ」

 鼻につく言い方にイライラが加速する。

「昨日あれだけわけのわ」

「話は聞かせてもらったぁっ!」

 言葉は突如として大声を上げた日向に遮られた。

「協力するよ!冥利ちゃん、ユーユー!」

「は?」

 日向以外の二人はきょとんと顔を見合わせる。

「小説を書くんでしょ?んーファンタスティック!頑張っちゃうよー」

「お前その話誰から聞いた?」

「なんで私の名前知ってるの?」

「はっはっはっ、嫌だなユーユーが全部教えてくれたじゃないか」

「そうだ、っけ?」

「そうなの?」と責めるわけではない柔らかな眉尻で稲葉が顔を覗きこんできたが、昨日の会話を思い出すにそこまでの詳細は漏らしていない気がする。

「ねっ!?」

 強調された念押しに、内心疑問に思いながら、「ああ」と曖昧な相槌をうつ。「と、いうわけで!よろしくーねっ」

「よろしくじゃねーよ、勝手に話を進めんな」

 蛍光灯の光を浴びて輝く金髪、他を威圧する派手目な少女に辟易としている稲葉に代わって、精一杯に声を出す。

「お前が参加しなくても充分メンバーは足りてんだ。いらねぇよ」

「あ、ひどい、心外だなぁー」

 ちっとも気にした風もなく彼女は続けた。

「いいことを教えてあげよー」

「知るか、帰れ」

「冥利ちゃんとユーユーが協力しあってアイデアを出す。当然二人は読書好きでしょう。これまで相当読んできたに違いありません」

 再び二人はきょとんと顔を見合わせる、こいつはなにが言いたいんだ。

「だけど私は本を読んだことがありません!」

「だからなんだよ!むしろいらねぇよ!つうかそれマジかよ」

 カッコよく言い放たれた言葉はあまり誉められたものではなかった。

「活字拒否症っていうのかなぁー、短いのとかレポート類は大丈夫なんだけど長い繋がりのある文章読んでると頭が痒くなるんだよねー」

「体のいい名前つけてごまかしてるだけじゃねぇか!ほんとの活字拒否症の人にとりあえず謝っとけ」

「他のストーリーに引っ張られないからこそ、私の意見は必要になるんだと思うよ」

 無視して続けられた彼女の一言は頷けられる部分がある分、質が悪かった。たしかに文章を綴っていて、感銘を受けたストーリーに引っ張られそうになることはよくある。そういう点では彼の自作小説アイスピック男は完全にオリジナルとは言えない。

「わ、私もヒマワリさんの意見に賛成」

 今まで黙っていた稲葉冥利がぼそりと呟くように声をあげた。

「多様な意見を取り入れるという点で仲間は必要だと思う」

「やったー。さすが冥利ちゃん、話わかっるー」

「ゆ、ユーユーはどう思う?」

 たどたどしく呼ばれたあだ名に、こいつ地味に気に入りやがったな、と思いつつ息をつき、

「好きにすれば」

 とヒマワリの参加を許可した。

「やっほーい、よろしくね、冥利ちゃん、ユーユー」

 眩いばかりの笑顔を振りまいて日向葵は目を線にした。

 夢の日向が選んだ『ユーユー』というあだ名を、現実世界の彼女まで同じ風に呼ぶとは、今朝の夢は予知夢だったのかと密かに思った。

「それで、それで。どんな話にするの?」

「まだ考え中。二人で相談してた」

 早速友達と恋バナするような調子で尋ね、稲葉が平坦だがしっかりとした口調でそれに応える。

「どんな話にしようとかもないの?」

「うん。まだ。ヒマワリさんはどんなジャンルが好き?」

「ヒマワリでいいよ。あたしはねー、うーんコメディ映画が好きだよー、冥利ちゃんは?」

 また新ジャンルかよ。

「私も冥利でいい。私は純愛モノが好きだけど……コメディってことはお笑い?」

「ザッツライ!嫌な気分がぶっ飛ぶのさー」

「うん。私も好き」

 頷きながらノートに『コメディ』と書く。律儀なやつめ。

「でしょでしょ?というわけで私から提案がありまーす」

 近くにいるのにも関わらず教室中に響きわたるような大声で彼女は続けた。

「日常ギャグにしましょー」

 その提案に「はあ?」と声が出てしまう。

「ほらサザエさんみたいなやつ。これなら小ネタ盛り込めばそこそこ読めるものになるし、なによりトレンディーだよ」

「サザエさん、トレンディなの?」

 首を傾げる稲葉に代わり、

「小説向けじゃないだろ」

 独壇場になりそうだったので慌てて声を割り込ませる。

「起承転結がなくちゃとてもじゃないが『読ませる』文章にならないぞ。日常系は漫画やアニメだからできるんだ。畑が違う」

「いやいやユーユー。伏線とか考えない方が中学生には向いてるって。3人でギャグ考えればなかなかのものが出来るだろうし」

「反対だな。書いててつまんない。なにより今の俺たちの力量じゃ日常を上手く書けるとは到底思えない」

「そこらへんはほら、助け合いで華麗にカバー、ね!冥利」

 突然話を降られた稲葉冥利は曖昧に「う、うん」と頷くだけだった。まだ日常ギャグの定義について考えているらしい。

「んじゃ訊くけど仮に『日常系ギャグ』で行くとして舞台はどうするんだ?東京都世田谷区か、静岡県清水市か?」

「学生の日常の方が描写しやすいよね。リアルタイムだし。となるとクラスか部活か委員会。年代は、高校がポピュラーかな」

「ありがちでやり尽くされてるわ」

「あたし達は経験してないぶん理想としての高校を描けると思うんだよ。例えば部活。羽路高校に変な部活があって、うーん娯楽ら部みたいな?そこの人たちの日常を面白おかしく描写して」

「どこに需要があるんだ、そんなもん。娯楽ってなんだよ、意味わからんわ」 息を吐いてから彼は続けた。

「俺は日常系には賛成できん。小説なんだから、文字でしかできないことをやるべきだろ」

 きっぱりとした反対意見に日向は「むー」と唇を尖らせた。

「ミステリとかの叙述トリックを入れろってわけじゃない。小説なんだから『ありえねー』って展開が欲しいんだ。何が悲しくて学生が学生の日常を書かなくちゃならない、日記帳でやれ」

「なるほど。冥利はどう思う?」

 日向は横目でちらりと稲葉の様子をうかがった。

「私もユーユーと同意見、かな。嫌いではないけど、やっぱりストーリーで魅せたい」

「2対1じゃしょうがないねー」

 そう言うと彼女はおどけるように机の上にがっくりと伏せた。

「そう悪いアイデアじゃない。私もヒマワリの意見で思いついたことがある」

「ふーぃ、なぁに?」

 なぐさめるような声に日向はちらりと腕の間から目線だけ覗かせた。

「ここまで来たら、ぜ、是非とも、部にしたい」

 なにとっち狂ったこと言ってんだ、こいつ。

 稲葉の突拍子のない発言に日向は目をまるくし、結城は「はあ?」と間抜けな声をあげていた。

「3人メンバーがいるなら、も、もう部活にしてもいいと思う」

 たどたどしい口調は彼女の僅かな羞恥心の現れだろうか。

「それってリアルな話?」

「うん。私たちのこと」

「ユーユーと冥利とあたしの3人で部活を発足……」

 おいおい勘弁してくれよ、と厄介事が苦手な結城が声を上げる前に、

「いいねぇ、それ!」

 日向は賛成の声を上げていた 。

「うちの中学たしか文芸部は無いし、ぴったりだよ。部なら堂々と気兼ねなく行動できる上、集合場所にも困らないからね」

「認めるかーっ!」

 とんとん拍子を防ぐため、結城は腹の底から声をだし、乗り気な二人の意見の間に割り込んだ。

「俺らの目的が文芸といえるか?よくて作文だろーが」

「べつに作文部でも私は一向に構わない」

 稲葉にぴっしゃりと言いかえされて、言葉を失いそうになりながらも、部活申請における重要な要件を思い出し口を開いた。

「だ、だいたい設立には4人必要だし、こ、顧問の先生だって」

 そんなのに所属してみろ、人生の汚点だぞ、彼の精一杯の説得は続く。

「同好会なんてまっぴらごめんだからな」

 さすがに人数の問題は簡単には解決できない。これでなんとかなったと肩を落とし安堵した彼に悪魔の声が降りかかる。

「残り1人くらいあたしがなんとかするよ。あてならあるしね」

 ヒマワリ、余計なことを。

「それほんと?是非お願いしたい」

「はいはーい。まかせなさーい。残る問題は顧問だけだけど、まぁ、なんとかなるでしょー。作文部の設立は決まったも同然だね」

「……嬉しい」

 ほんのり頬を桜色に染めた稲葉とは対称的に結城の顔は青に染まっていった。

 断固拒否の姿勢をとったところで流れと彼女たちの熱意に押し切られるのが目に見えていたからだ。

「と、とりあえず今日はこれくらいにしないか」

「うーん、そうだね。もう遅いし」

 時間をおいて頭を冷やしてもらおう、という思惑を含んだ提案だったが、日が暮れたという理由で許可され、今日は解散ということになった。


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