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駐輪場にて

 稲葉と別れ駐輪場にやってきた結城は、小学生の頃から乗り回している愛車のチェーンを外そうとしゃがみこんだ。

 6段変形のギアシフトは5に固定されていて、ブレーキをかけるたび悲鳴を上げるようになっている。やりもしないメンテナンスについて考えながらチェーンに鍵を差し込んだところで後ろから声をかけられた。

「やっほー。イカす自転車乗ってんねー」

 しゃがみこんだまま振り向くとショートボブを金色に染めた派手な女生徒が立っていた。制服は注意されない程度に改造されていて、至る所に可愛らしいアクセサリーが留めてある。見た目はギャルだが、不思議とケバケバしさは感じなかった。逆光となって表情は窺いしれなかったが、茶色に浸食された自転車を誉めるなんて冷やかし以外にありえないだろう。

「ドンキで二万円だった」

「ありゃそう。ふふーん。安くていい仕事してるなー。君もそう思うでしょ?」

「あんた誰だよ」

 帰宅部なら遅すぎるし部活なら早すぎる中途半端な時間帯。帰宅ラッシュは終わり、彼の自転車の周りには一台も停められていない。

「あたしは二年四組の日向葵。気軽にヒマワリってよんでね」

「ヒナタ?日が向かうって書いて日向だったら、ヒマワリにならないじゃん」

 ヒマワリは漢字で向日葵だ。ヒナタアオイでは、ヒマワリとは読まない。

「細かいことは気にしないー。そう言う君は?」

「……結城裕也」

 一瞬名乗るのをためらったが、素直に本名を明かすことにした。

「ユウキユウヤか。うーん明日までにあだ名を考えるからちょっとまっててね」

 ごめん被る、と素直な気持ちを吐露する代わりに彼は左手に留められた腕時計を彼女に見えるように指し示した。

「時刻は17時を回ったところです」

 派手な容姿をしたタイプが苦手なのだ。できることなら会話を打ちきり、早々に帰宅を開始したい。

「別に時間を訊きたいわけじゃないんだけど……、すこーしだけ話を聞いてくれるだけでいいんだよね」

 稲葉とのいざこざで虫の居所が悪い結城にとって、面識もない赤の他人からのその言い回しは鼻についた。

 この日向という人物、自分の自転車があるから駐輪場にいるというわけではなさそうだ。わざわざ他クラスの生徒を呼び止めなければならない理由なんてあるのだろうか。

「もしかして告白か?」

「そんなわけないじゃーん。初対面だよあたしたち」

「……まあ、そうだろうな」

 わかっていたこととはいえ、ヒグラシの切ないメロディーが彼のエウスタキオ管を超高速で通過した、気がする。

「んじゃなんだよ。要点だけ掻い摘んでさっさと言えよ」

「そうだねーそのほうが手っ取り早くすむしね」

 明るい調子で彼女は続けた。


「イナバミョウリとは付き合わない方がいい」


「は?」

 その固有名詞が先ほど教室で二人きりだった『稲葉冥利』を指していることに気づいたのは数秒が経過してからだった。

「い、一組の稲葉冥利か?」

「いえーす。そんな変わった名前、あの子くらいしかいないしね」

「なんで四組のあんたがあいつの事を気にかけるんだ?」

「んー、説明すると複雑だから、秘密ってことにしといて」

 意見追随を許さないストレートな黙秘権の行使、知り合いでもない他クラスの男子生徒に忠告を行うプロセスを無粋な好奇心から推理してみるが、これといった動機は思い浮かばなかった。

 1つだけいえることはこいつは放課後残るよう稲葉にお願いされたことを知っているのだろう。でなければ、ここで俺を呼び止める理由がわからない。

「勘違いしてないか?さっき教室で稲葉とした話は告白なんかじゃないからな」

「カップルとして付き合う以前に稲葉冥利とは関わり合いを持たないほうがいいよ、って言ってるのさ」

「ますます意味がわからん。稲葉の勝手だろうが、お前があいつの人間関係制約する理由なんて、……ま、まさかお前っ」

 独自の回答に行き着き荒れた彼の言葉尻に、一瞬だけ日向葵の表情はこわばった。

「稲葉冥利が好きなのか!?」

「ふぇ?」

「いやまてみなまで言うな。全部理解した。そうかそうなのか、これが噂に聞く百合というやつなのだな。まああれだ、世間の風当たりが強かろうと愛があれば大丈夫なはず」

「ちょ、ちょっとまってよ、それはないって」

「フレディーマーキュリーだってカート・コバーンだって、な。社会で認められるやつは大抵そうなのさ」

「ちがーう!」

 存外大きな声を出して、頬を仄かに紅潮させた日向は結城の勘違いを否定した。

「私はただ単に忠告をしたいだけだって!」

 結城は暴走に水をさされ妙に落ち着きを取り戻していた。淡々とチェーンを外し、発車できる位置まで自転車をバックさせるとサドルにまたがる。

「そんな忠告を俺にする理由はなんだ?」

 ペダルに片足をかけ橙色の光をキラキラと反射させる日向の金髪を見下す。

「だからそれは秘密。とーもーかーく、稲葉冥利とこの先付き合って行くならよぅく考えた方がいいからね。安易な気持ちで捨て猫に餌あげちゃダメなのとおんなじ」

「際ですか。言われるまでもねぇ」

 いまだかつてない絡まれかたに辟易とし、別れの言葉を紡ぐことなく、車輪を勢いよく回転させた。

 風に全身が包まれると同時に「じゃあねぇー」と小気味よい挨拶が背中に届く。無視するのも気が引けたので小さく片手をあげ、黄昏時を駆け抜けた。


 自宅に着いてから時間の矢は加速を始める。判を押したように同じ日々の繰り返し、今日のようなハプニングが連発する分、学校生活のほうが退屈を紛らわせるには適していた。

 帰宅と同時に母親から風呂にはいるように言われ、上がれば夕食の時間。食事を終えた19時から就寝前の23時まで、中学二年生のフリータイムがスタートする。

 とはいえ、やりあきたゲームソフトを起動する気にもなれず、結城裕也はベッドに仰向けに寝っ転がった。

 金太郎飴のような時間の概念。退屈紛れに勉強しようにも、なにから手をつけていいのかわからなくて、ただ漫然とした焦燥感だけがふつふつと沸き立っているだけだった。

 カバンから薄手の文庫本を取り出し、生あくびを噛み殺しながらページを開く。近所の古本屋で買った、一般書店では流通していない絶版本ではあるが、持て余した時間を潰すのには有効な手段であった。

 古本の独特匂いが鼻をつき、ふと夕刻稲葉冥利と交わした会話の一節が蘇る。

『世の中には発信者と受信者の二種類の人間がいる』

 読者たる彼女は後者だという。

 俺も同じだ。

 ノートに綴った小説に意味はなく、それこそ黒歴史ノートを生産したに過ぎない。アイスピック男なんて出落ちもいいところだ。中学生特有の異常犯罪に対する純粋な興味から、映画のビザール殺人者を自分なりにアレンジを加え綴っただけだ。

 誰にも読まれることなく、自身の記憶の淵に沈殿していく妄想。それを彼女が掬いあげた。

 初めての自分以外の読者、本音を言うなら少し嬉しかった。

 それでもやっぱり俺は書き手になんてなれない。よくて紛いものだ。

 本物の文章が綴られた軽い重みの存在感に、彼の創作意欲は飲まれてしまった。


 ゴロゴロと楽な姿勢で活字を目で追っていたら眠ってしまったらしい。

 背中を請け負っているはずのしわくちゃシーツは空気に変化し、ご丁寧にも身体は制服が持つ軽い重みに包まれていた。一瞬にして、教室の真ん中に移動しているという違和感に襲われる。

「夢か」

 自分が夢の中にいることに気がつくのは初めての経験だった。

 意識を保ちながらみている夢を明晰夢という。脳が半覚醒状態のために起こると考えられ、自覚した時点で目覚めなければ、内容を自分でコントロールできると都市伝説的に語られている。

 しかしながら、有るのは見慣れた現実的な光景であり、コントロールできたところでやれることはたかが知れていた。

 景色はゴーグルなしで見た水中のように澱んでいて、廊下側の後ろの席に、誰かいるのがなんとなくわかった。

「誰だ?」

 返事はない、この人物は言葉に耳を傾ける余裕がないと感覚的に理解した。言い表せられないモヤモヤが胸ぐらにつかみかかる。

 そっちに行くな!神経の忠告を無視し消え入りそうなうめき声がする霞がかった廊下側の席に進もうとした時だ。

「あちゃー、まっさかー」

 背後から明瞭とした聞き覚えのある少女の声がした。

 振り向いて確認するまでもなくそこにいる人物が誰か結城はわかっていた。

「まさかヒマワリが夢にあらわれるなんてな」

 素直な感想を告げると夢の中のオブジェクトであるはずの日向葵は眉間の皺をのばしてから、ニッと歯を見せて笑った。

「まあそういうこともあるさ」

 金色に染められた短い髪をなでつけてから、椅子に腰をおろす。

「ユーユーも因果な性分だねぇ」

 半ば呆れるような独り言。首をひねる彼を、イタズラめいた表情でピストルの形で指差した。

「自我持ちでしょ?」

「意識はしっかりしてるけど……、つうかユーユーってなんだ?」

「結城裕也だからユーユー。んー我ながらハイセンスー」

 少しもそうは思えなかったが突っ込みを入れても仕方がない。結城は決心を固めるように鼻息を荒くして、

「まあいいや、お前がなにを言いたいのかしらんが、面倒くさいから俺は寝る」

「まさに現在進行系で睡眠中だよー」

「夢をみるってことは浅い眠りってことだろ。だからさっさと深い眠りについて下らない浮き世のことを忘れたいんだ」

 悲しい明晰夢のコントロールだった。

「んー、ちょっと認識が間違ってるかなー」

 彼女は教壇に立ち、教師さながら黒板に文字を書き付けた。

 チョークがすり減るたびに妙にリアルな音が耳に響く。

「まず眠りには二種類あることをご存知かな?」

 山や谷の循環が描かれた正弦波線がひかれ、

「さっきユーユーが言った浅い眠りってのがレム睡眠ね」

 1つの山の頂点にレム睡眠と綴られている。

「レムは急速眼球運動、眼ん玉がぐりぐり動いてるよーっ意味。この浅い眠りの時に夢をみると考えられてきたけど近年じゃ違うみたい」

 谷にはノンレム睡眠と文字を書いて彼女は振り向いた。

「深い眠りであるノンレムの時も人は夢を見てるんだってさ。人間はこのレムとノンレムを繰り返して寝てるってわけ」

左端に入眠時、右端には覚醒と書いてから、

「まずノンレム、そのあと1時間から2時間ほどでレム睡眠。交互にこれを繰返してる。大体レムは90分ごとに30分ほどあらわれ、またノンレムに移行していくってわけ」

 ねっから文系で人体の不思議に微塵も興味がない結城にはちんぷんかんぷんな話題に他ならなかった。

「ただレム睡眠時のすっきり爽やかな目覚めの時、夢を見たと覚えている場合が多いんだよ」

「いやなんつうものすごくどうでもいい。なんで夢の中まで授業を受けなくちゃいけないんだよ」

 口をついたのは率直な感想だった。いちいち理論を突き詰めていては、きりがない。深夜に呼吸のしかたや舌の位置が気にしては安穏な睡眠は迎えられないだろう。

「覚えおいて損はないよー。特にこれから稲葉冥利と付き合っていくならね」

「冥利?なんでまた?ほんとお前あいつにこだわるな。一体なんだってんだ」

「それはねぇー」

 にやりと歯を見せた日向が教壇から降りて、手についたチョークをパンパンとはたきながら結城の目の前まで歩みよってくる。


「誰です?」

 彼女が続きを口にする前に、別方向から声がした。振り返ってみてみると、ポニーテールの小柄な女の子が結城を遠くのものを観察するように目を細めて立っていた。

 首を傾げながら、自らの夢にも関わらず見覚えがない、掃除用具入れにもたれかかる彼女に話かける。

「お前こそ誰だ」

「私が質問してるんです。誰ですかあなた」

「知らないやつが俺の夢にでてくんな、帰れ」

「このバカは誰ですか、日向」

 音もなく突然あらわれたちんちくりんな少女は結城を無視して日向の方を向いた。

「ユーユーだよー。一組の」

「現実の人間?それってイレギュラーじゃないですか。落ち着きすぎですよ。対策を講じなければ」

「慌てたって仕方ないよ。来ちゃったんだから」

「それは、そうですが。本当に自由人ですね。やれやれです」

 仲よさげに話し合う夢の住人AとBに苛立ちを感じながら結城は怒鳴り声をあげた。

「もういいから消えろ。休ませてくれ」

 二人はきょとんと彼に視線をやる。

「なんなんだお前ら。俺にそんな想像力ないはずだぞ」

「それは私のセリフでもあります。少し静かにしてください」

「わけわからん……」

 見覚えのない黒髪の少女。

 会ったこともない彼女は、自身も通う羽路中学の制服に身を包んでいた。 ふと気になって自分の服装を見てみる。水色のシャツ、赤いネクタイ、ダークグレーのズボン。着慣れた制服だ。

 周りを見渡してみれば、さきほどよりはっきりと景色が見れた。文字が書かれた黒板、等間隔に並ぶ机と椅子、黒ずんだ床。馴染みが出てきた二年一組の教室で違いない。

 その教室の後ろの席にこれまた別の少女が机に伏せていた。

 また新たな登場人物か、夢の中ならハーレムだなと惨めになりながら、話かけようと歩きだした彼に日向が頭を掻きながら声をかけた。

「それにしてもユーユー、なんで出てきちゃたんだい?」

 首だけを彼女に向け「知るか」とぶっきらぼうに応える。それを意に関さず日向は現れたドアを指差して言った。

「たぶんそこから出れば夢は終わるよ」

「いつの間にドアがあらわれた?」

「今日はこれくらいで。詳しいことは明日また話すよ」

「結構けだらけ猫はいだらけ」

 冷たく言い放ち、言われた通りドアを開ける。

 その刹那、彼は思いだす。あの幼い少女が伏せていた場所が、稲葉冥利の席で、はじめのすすり泣きはその辺りから聞こえた事を。

 意識は、一瞬眩いばかりの白い光に包まれ、それからすぐ睡眠という真っ暗闇にぼつぼつとゆっくり沈んで消えた。


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