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エンドロールのその前に

 懐から取り出したお札を桃は祈るように握りしめ、結城の肩に押し当てた。

「泰山は土壌を譲らず!」

 瞼を通して白い光が彼の視界に届く。

 これは、イメージなのだ。ゲームやマンガでよくある、現実ではありえない、一気に症状が回復する、そういう描写。サブカルチャーに影響を受ける歳ではなくなったが、桃は信じてと言っていた。

「あぁ」

 思い込むのが大切なのだ、現実に彼女にはそういうチカラがあると。

 だって、これは夢のなかなのだから。

「ユーユーさん……大丈夫ですか?」

「だいぶ楽になった」

 涙目の桃を慰めるために嘘をついたわけではない。実際抉れてぱっくりと開いていた傷口は閉じ、傷みもいくらかましになっていた。これが、思い込みのチカラなのだろうか。

 上半身を起き上がらせて、少女の顔をみる。

「お前には助けられてばっかだな」

「え」

 遠回しな礼に桃は頬を上気させた。

「わ、私も先ほど、助けられたから……その、き、気にしないで、ください、それに、ちゃんと信じてくれた、から」

「ん?ああ」

 結城は桃が慌てている理由が分からないまま首を上下させた。

「そ、それより問題は解決していません。あれはどうやって倒せばいいんです?」

「さあ、やっぱり、消火器を使うべきなんだろうか」

「どういう意味ですか?」

 彼女がクエスチョンマークを飛ばすより先に廊下に咆哮が轟いた。

 先ほどの桃の攻撃で吹き飛んだアイスピック男が戻ってきたらしい。

 身体をビクリと震わせて結城は横の桃を見た。

「無敵だな」

「とりあえずタフだということはわかりました。ならば倒れるまで攻撃を加えるまでです。劣勢の怪人なんてそれだけで矛盾ですから、冥利が強制終了してくれる確率も高まります」

 決意を込めた瞳で向かってくるアイスピック男を睨み付けながら、桃はお札を構えた。

「あのよ、桃ちゃん。風が出る攻撃、また出せる?」

「さっき吹き飛ばしたやつですか?可能ですが、それが」

「合図をしたらアイツの足元に放ってくれ。ぶあーってなるように」

 首を捻る彼女の横で結城はダッシュが出来るよう身構えた。

「それって、どういう意味」

「いまだ!」

「あっ、へ?」

 叫ぶと同時に彼は走り出した。

「あ、風に従いて呼ぶ!」

 数秒遅れて、合図通りに桃が持っていたお札が光り、一陣の風となって吹き荒んだ。

 勢いはあったが、転ばせるほどではない。その代わりに廊下にぶちまけられたままだった消火剤が風に煽られて、砂嵐のように視界を真っ白にした。

 突然のスモークに何事かと戸惑っているらしいアイスピック男の横をぬけ、その後方に転がったままだった消火器を拾い上げた。若干肩が痛んだが、桃のお陰で気にせずにすむレベルになっている。

「うらぁぁぁぁぁ!!!」

 目眩ましを果たす白い粉塵のなか、再び消火器を振りかざす。

 今度は失敗しなかった。的確な角度と勢いを持って、大柄な男の頭蓋骨に、協力な一打を浴びせる。なれない感触に腕がしびれたが、いま殴っているのは頭部ではなくスイカかなにかだと思い込むことで、罪悪感を打ち消す。

 頭蓋を砕く鈍い音と共に、アイスピック男は廊下に倒れこんだ。

「……」

 肩で息をしながら、その様を見下ろす。男はビクリともしない。

 まるで、マネキン人形のように、動かない。

 死んでいる、そのはずだ。

「ユーユーさん」

 一瞬の決着を見届けたらしい桃が結城に声をかけた。

「終わったんですか?」

「ああ、たぶん」

 小説の主人公は結城がとった行動でアイスピック男を撃退していた。いまのは確実な一撃だったし、これで生きていたらもう手の施しようがない。

 念のため、と頭にもう一打を加える気にはならなかった。夢のなかとはいえ目覚めの悪い攻撃だ。掌に痺れるような感覚がいまだに残っている。

「……これで、冥利の夢が終わりなら」

 桃は彼の横でぼそりと呟いた。

「彼女の真意がわかるかもしれません」

「なんで?」

「ユーユーさんの小説を題材にこのような世界を構築したのにはそれなりの理由が」

 彼女の声は途中で途切れた。

「あ、へ?」

 目を疑いたくなる光景だった。

 桃の首筋に砕氷器の太い針が突き刺さっていた。

「もも、ちゃん?」

 力を無くしたように膝から崩れ落ちる少女を見て結城は喉が裂けるほど叫んだ。あからさまな致命傷だった。

「わたし、は、だいじょう、ぶ」

 自身の声が邪魔して、聞き取りづらかったが、口をついた恐怖を誤魔化すことができそうになかった。

「わた、は、もともと、薄い、存在だから、現実には影響はな」

 うつ伏せに倒れた彼女は、最後に、

「だから、落ち着、て」

 と言い残し、まるではじめからなかったかのように消え失せた。

「うそだろぉぉぉ!あぁぉぁ!!!」

 アイスピック男にむっくりと立ち上がり、廊下に転がる凶器を拾い上げた。立ち向かうより先に結城は開きっぱなしの教室に逃げ場を求めて飛び込んだ。


 真っ暗闇にぼんやりと並ぶ机、扉は外れたままで床に倒されている。

 位置的には二年一組の教室だったが、見慣れぬ景色に混乱の度合いが高められた。

 ありえない、ありえないありえないありえない。

 だって、これで終わらないなら、もう、どうしようもないじゃないか!

 脳内を絶望が覆い尽くす。次の手だててを練る暇なく、背後から強力な一打を浴びせられた。

「うぐっ」

 殴られたらしい、ピンボールのように机にぶつかりながら窓際まで倒れこんだ。

 固い床に手のひらをつくことで、何とか受け身はとれたが衝撃で全身が痛んだ。とりわけ直接攻撃を食らった背中の痛みは尋常ではない。

 結城は追い詰められたことを悟った。袋小路だ、逃げ場がない。

 それでも命は惜しいらしい、力をグッと込めて自嘲ぎみに上半身を起こした。

 止めをさす絶好のチャンスだというのにアイスピック男はゆっくりと、恐怖を煽るよう教室最奥にいる結城に近づいてきていた。

 桃の言葉が蘇る。落ち着いて。そうだ、彼女は死んだわけじゃない。

「イメージを、固めろ、そうだ、イメージだ」

 大切な想像力を視界からの情報に惑わされないよう、ギュッと目を閉じた。

 半分以上恐怖を誤魔化すための虚勢だったが、思ったよりも冷静になれた。

 勝つ、イメージじゃない。

 覚悟を決めたように結城は瞳を見開いた。なおもゆっくり歩みを進ませるアイスピック男のその向こう、廊下側の席に少女の姿をイメージする。

 始めて夢に取り込まれたとき、俺は確かに彼女の姿を見たんだ。

 桃が言ったルールに稲葉冥利は夢に現れないというものがあったが、前提は覆されるものだ。

 冥利は夢の中にいる。だから、現実世界では行方不明なんだ。

「てめぇもいい加減俺の妄想に帰りやがれ」

 結城は大声で話しかけた。首を捻りながら武器を構えるアイスピック男に言葉は通じないようだが、もとより今のは天上界からこちらを俯瞰している少女にはいたものだ。

 イメージするのは自分の勝利じゃない。

 手のひらの下のノートを取る。

 倒れこんだ時にぶちまけられたままだった机の中味だ。

 そう、俺の机。ノート、綴られているのは公式でも年号でもない、小説だ。

「稲葉、みろ!!」

 ページを開いて、最後から二ページを手で切り取る。あまりきれいにはいかなかったが、これで、バッドエンドは無くなった。

 ノートを掲げて結城は叫ぶ。

「主人公の勝利!ハッピーエンドだ!」

 最後が気に食わないと冥利は言っていた。それを踏まえてストーリーを改編するのは作者としてやってはならないことだけど、俺はアマチュア、プロじゃない。それにあのラストはおれも蛇足だと思っていた。物語を終わりにするのだ。

「?」

 変化は直ぐに現れた。

 グスグズと煙をあげて、アイスピック男の身体は崩れていった。なぜだか、わからないらしい男は抵抗することなく、辺りをキョロキョロと見渡している。

 襲いかかる気はないらしい。

 冥利は改編を認めた。削られた二ページのエピローグで殺される主人公、それがなくなったいま、敗れたのはアイスピック男に他ならない。

「消えろ」

 今までのパニックが嘘のように落ち着いた声音で彼は優しく、

「今度は、もっと上手く書いてやるから」

 世界からたち消えたアイスピック男の残滓にぼそりと囁いた。


 誰もいなくなった教室、あとに残ったのじくじくとした痛み。

 結城は冥利の席に席にゆっくり感傷に浸るよう歩みを進ませた。

 物語はおわり、これからは俺のストーリーだ。

 世界を拒絶するように俯せの稲葉冥利に結城はエピローグの言葉をはいた。

「起きろ稲葉、目覚めの時間だ」








 



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