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宇宙戦争反省会

 耳障りな爆発音が絶え間なく響き、赤や黄色の火花がチカチカと視界の両端で色鮮やかに弾けていた。

 機体内部は息苦しかったが、花火大会の幻想的な光景なように、興奮が肌を駆け巡る。

「ユーユー出すぎだよ!下がって」

 向日葵は心配性なだけだ。どんなに油断しようと敗北はあり得ない。彼女の忠告を無視し操縦菅を前に押し倒すと、滑るようにスムーズに機体は前進した。段々と理解してきた。どうやらイメージを明確にしてから、適当なモーションをとれば、機体はそのように操作できるらしい。

 すれ違いざま、また一機撃墜する。

 敵艦隊はどう贔屓目でみても強くなく、ただやられるためだけに存在している的であろうことが丸わかりだった。

「ユーユー!」

 半分以上ゲーム感覚だ。最近のシューティングゲームより難易度はひくいが、実体験のようなリアルさがある。

「ここで君が傷ついたりしたら、冥利に矛盾を与えることになるんだよ!」

 それっぽいボタンをおせば、炎を上げて敵機が赤い花を咲かす。酸素のない宇宙空間で燃焼しているものはなんなのか振動として伝わるこの音はなんなのか、科学的根拠は全くといって良いほど乏しいが、稲葉冥利の妄想の世界では何でもありなのだ。

「は、ははっ」

 気づけば笑みが零れていた。

 普段感じることのない爽快感、全身を包む高揚、テンションは非日常的な体験として、自ら制限出来ない範囲まで上がりきっていた。

「バカッ!」

 語彙も何もない桃の怒声が鼓膜を震わせ、包み込む高慢や傲慢やらを根こそぎぬぐいさり、どこかテレビゲームをプレイするように俯瞰していた彼の精神は現実に戻される。

「バ、バカとは」

「僅かな綻びが冥利の自我の崩壊に繋がったらどうするんですか!」

「まさか、ただの夢だぜ」

「あなたは何を理解してきたんです!?」

 桃の怒号はなおも続く。受け流すわけにもいかず、結城は下唇を噛んだ。

 無限に広がる宇宙空間、ちっぽけな会話をしているはずなのに、無視することは許されないみたいだ。

「個人の尺度で測れる現象ではないことくらい、いくらなんでも、わかっているはずでしょ?」

「だからと言って俺の行動を縛る理由には」

「その選択が、最低限の保証を果たしているのなら、文句は言わず、昨日言い過ぎたことを謝ります。だけど、いまのあなたにはプライドも、何も感じられません。玩具を取り上げられた子供が喚いているだけです」

「ふざけんなよ、実験だ臨床だと好き好んで稲葉の夢に介入するお前らが言えた義理じゃないだろうが」

「ごもっとも、です。踏まえた上で私は、あなたを許せない」

 音声のみで彼女の表情はうかがい知れないはずなのに、気の強い瞳に見透かされているような気がした。

「お願い、だから」

 反論の余地はなかった。正確には、浮かんだ言葉をそのまま使えなかったのだ。

「冥利を苦しませるような真似を、とらないでください……」

 いつの間にか彼女の声は震えていて、きっとボタンのような瞳を湿らせているのだろう。そう思うと、自身の言葉は薄っぺらな言い訳にしかならない気がして、結城は黙るしかなかった。

 無声映画を流し見しているように事後は速やかに進んだ。桃も、結城も、ムードメイカーたる向日葵でさえ口を開く事はなく、残った敵機体を彼らは掃討していった。チームワークを意識したわけではないが、確実に危険をおかすことなく、丁寧に。

 最後の一機を片付けた時、夢は終わりを迎え、結城はもやもやとした感情を抱いたまま現実世界のベッドの上に戻されていた。

 残滓としての浮遊感だけが、結城を包み込んでいる。

「間違えだらけだ……」

 漏らした呟きは初夏の爽やかな寝室の空気に溶けて消えていった。


 学校に着いたとき自分を取り巻いている憂鬱が、不登校児の心持ちだということに純粋に驚いている自分がいた。心臓が肋骨に挟まれているようなじくじくとした痛みが彼を苦しめる。

 教室につき、男友達と他愛のない会話をしている最中も自分の将来を考えているときに起こるような慢性的な焦燥感が消えることはなかった。

「おはよう」

 当事者であり原因者であるはずの少女の朝の挨拶は晴れやかで、見ていて妙にイラついた。

「私、あれから考えたんだけど、」

 いつかのノートを手にもって彼女が端的な微笑で結城の机に寄ってくる。

「あ、あぁ。またあとでな」

「……そう」

 静静と自分の席に戻った稲葉冥利の横顔を見ながら、休み時間に、向日葵と桃の二人に謝ろう、と思った。


「悪いけど擁護できないなぁ」

 二年四組はすぐ近くだ。顔を知っている程度の友人も何人かいる。その子に頼んで桃と日向を廊下に呼び出してもらった。

「ユーユーの行動は浅はかで愚かな行為だったからね」

「俺もやり過ぎたとは思っている」

「その言葉のあとに[だけど]が続くんでしょ?」

「......」

 向日葵の表情はいつものように笑顔だったが目が笑っていなかった。

「あたしらも反省すべき点はあったよー、でもユーユーのように他人の胸を借りた自暴自棄になんてならなかった。少し日本語おかしいけどさ」

 素直に昨日の夢のなかでの行動を謝ろう、そう決意して、中休みの往来の激しい廊下に二人を呼び出したのだ。分別は弁えていると思っている。

「何度も説明するように、稲葉冥利の精神は飴細工のように繊細で細いロープみたいなもんなんだよ。彼女の精神を、君は危険にさらしたんだ」

 ただでさえ髪を金色に染めた少女は目立つし、どうやら彼女は四組の中心的人物らしい。加えて一見おしとやかそうな桃を呼び出しているのだ。何事かと彼ら三人の会話に聞き耳をたてるやからがいても不思議ではない。それらを理解してか、向日葵の声は一段階低くなった。

「夢の矛盾は稲葉冥利の自我の崩壊に繋がる。何回も言ってるよね?」

「大事にならなかったんだからよかったじゃねーか」

 言ってから、しまった、と思った。

 すぐさま訂正の声を上げようとしたが、まるで虫けらでも見るように冷ややかな向日葵の視線が自身をいぬいていることに気がつき彼は言葉を飲み込んだ。

「あっ……」

 失言に対する謝罪の言葉をあげるより早く、パシンという音と共に頬に鋭い痛みが走った。数秒遅れて、廊下がざわめく。

「最低っ!」

 目に怒りをためた桃の爆発だった。

 刺激に飢えた中学生達が、野次馬根性丸出しで今後の展開をニヤニヤと見守っている。それを忘れていたわけではないだろうが、それほど結城の発言が、耐えられなかったということだ。

 彼女は「反省してないじゃないですか!」と、半ば怒鳴るような一言付け加え、すたすたと教室のドアを開け、結城の視線から消えていしまった。

 ジンジンと痛み出した左頬に、意識をゆっくり取り戻し、

「ちが、違うんだ、俺は」

 無様に言葉を続けようとした彼に、与えられたのは、

「誰に言い訳しようとしてるの?あたし?桃ちゃん?それとも、稲葉冥利?」

「あ……」

「もう、いいよ」

 冷たい布にくるまれた呆れの声だった。


 なすすでもなく一組の教室に戻った彼を出迎えたのは無遠慮な噂話の嵐だった。本人が帰るより先に伝えられた早すぎる伝聞は、二股がばれただ、痴漢行為をはたらいただ、的にカスってもいない、聞いてて鼻でわらいたくなるような与太話ばかりだったが、誰も詳細を直接に尋ねるほど厚かましくなく、一人落ち着いて考えを纏めることができた。

 俺が、謝るべきは、当然稲葉冥利なのだろう。だけど彼女に直接認知されるのはマズイ、と言われていたから向日葵達に謝ったんだ、なのに、

「ユーユー」

「ん?ああ」

 後悔と反省の心はいつの間にかイライラにかわり、彼を盲目にしていたらしい、いつの間にか、稲葉冥利が仏頂面で席の前に立っていた。その様子を遠巻きに他のクラスメートが見ている。

「頬、赤くなってる」

「ん……ちょっとな」

「そう」

 濁された時はふみこむべきでないと彼女はわかっているのだろう。稲葉は無言になって結城をじっと見つめた。

「なんだよ?用がないなら話しかけんな」

 徐々に膨れ上がる苛つきを押さえることが出来ない。八つ当たりだとわかっていても言葉が刺々しくなってしまう。

 稲葉はそんな彼の態度に首を捻りなから少しだけ微笑んだ。

「昨日の夜、ずっと考えてた。どうすれば、桃ちゃんや向日葵を納得させられるかって」

「……それで?」

「日常から非日常への転換点をはっきりさせて、主人公の行動目的に……」

 稲葉冥利が、口を開いている。

 なのに何を言っているのか、彼にはよくわからなかった。

「こうすれば、きっと二人も納得してくれる」

 見るものを虜にするような魅力的な笑顔で締めて、彼女は手を叩いた。いつもなら気にもならないその所作に無性にイライラする。

「なぁ」

「ん?」

「別に二人を無理やり納得させなくてもいいんじゃないか?もともと俺たちだけで始めたことだし」

 冷静に振り返ってみればそうだった。あいつらが勝手に干渉してきて眉唾なルール押し付けてきただけじゃないか。それに従う由縁はない。

「ダメだよ、ユーユー」

 彼の言葉に稲葉はいたって当たり前のことを言うように、続けた。

「桃ちゃんも日向も、同じ作文部の仲間なんだから」

「……」

「やっばり全てのメンバーが納得の上、設定を突き詰めていかないと。クラブなんだから」

「仲間ねえ、向こうはそう思ってないかもよ」

「……桃ちゃんもヒマワリも、もちろんユーユーだって、同じ作文部の仲間じゃない」

「知らねーよ」

「え?」

 だめだ止めろ!心のどこかの制止をふりきって溜めきった怒りを彼は吐き捨てた。

「作文部なんざやってられるか」

「どうしてそんな」

「なにが小説作りだ!なにが、青春小説だ!くだらない、不在な才能を誤魔化すための数集めなら、俺は必要ないじゃないか!」

「ユーユー?」

「無能な有象無象が集まったって、腐りきった蛆分しか書けねーに決まってんだろ!夢見ちゃってバカらしい!」

「ど、どうしたの、ユーユー」

「頭が軽い中学生の作文なんて読まれる前にシュレッダーにかけられるのがおちだろ!俺らのしてることなんて無駄の極みなんだよ!」

「な、なんで、急に、そんな、昨日まであんなに乗り気だったのに」

「おかしいんだよ!なんだよっ!面倒くせーよ、お前はよっ!」

 言ってて最低だとわかる。ただの、八つ当たりだ。だけど、頭まで上りきった熱は、アルコールのように踏み出せなかった一歩を彼に進ませる。例えその先が崖だろうとも。

「外枠さえいまだに埋められない部活に存在意義なんてあるわけないだろ!」

「だ、だけど、作文部は」

「うるせー!!」

 立ち上がって机に拳を叩きつける。

 ドンと大きな音がして、クラス中の視線が集中するが今さらそんなこと気にもならなかった。

 お前らはいいよな、バカげた世界に巻き込まれなくって。

「作文部なんて、てめぇらだけでやってろ!俺は止めさせてもらう!」

「ま、待ってよ!ユーユー!」

 フックから引ったくるようにして鞄を肩にかけて、教室をあとにする。

「腹痛いから早退する!」

 教室中に宣言するように叫び、彼は教室を後にした。

 これで仲がいい友人が教師への対応はなんとかしてくれるだろう。問題は残ったクラスメートとの 対応だが、今は何もかも面倒だ。

 後をつけてきたらしい稲葉が泣きそうに不本意な結城のあだ名をさけんでいるが、無視して彼は下駄箱に向かった。

 彼女に小説を一緒に書こうと誘われたあの時のようだと苦笑したが、すぐに大きなムカつきが到来して和みかけた彼の精神を飲み込んだ。








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