滅びされ、幻
「間違っています」
桃が、露骨に顔をしかめ机に前のめりに立ち上がった。
舌打ちをすんでのところでこらえ、結城は怒りで頬を赤くする少女を見る。
「SFというジャンルは青春小説に当てはまりません」
「しかし、昨日おたくが言ったんだぜ?
若ければ青春だって」
「あなたの作品には、テーマの一貫性がありません。ハチャメチャでメチャクチャです」
「言われる筋合いはねーよ」
にらみ会う。そんな二人の間で日向はやれやれといった風に肩をすくめ、稲葉はオロオロと視線を漂わせた。
「いいですかユーユーさん」
桃はため息をついてからいたずらをした子供をたしなめるような口調で続けた。
「そもそもSFはサイエンスフィクションの略称だということはご存知ですね?」
「まぁ、それくらいはな」
ペースにのまれないように注意を払いながら返事をする。桃の眼光は尚も鋭い。間に挟まれた稲葉冥利と日向葵の二人は、
「そうだったの?」
「あたしはてっきり《少し不思議》の略かと思ってたよ」
と、ボソボソと囁き合っている。
「あなたのプロットには科学的なことが微塵も描かれていない。地球空洞説は都市伝説に過ぎないですし、もう一つの世界だなんて虚構に憧れただけの恥さらしです」
「科学的じゃなくてもSFは書けるだろ。お前のはハードSFに限った話じゃないか。そもそもSFだって思想小説とする見方があるんだ、線引きなんて受け手で異なるんだからよ」
「どちらにせよ中学生がおいそれと手が出せるジャンルじゃないです。大前提としての青春小説の部分がSFに飲まれて霞んでしまっています」
「考え方が古いな。浦島太郎だってかぐや姫だって、俺にとっちゃSF小説だぜ」
「パラレルワールドを主題においては不可能です。どこにジュブナイルが入る要素がありますか?」
夏を迎えた6月の空気は澄んでいて、カーテンを揺らし教室に涼しげに運んできていた。天然のクーラーの役割を果たすそれだが、桃と結城との間に流れる険悪な淀みを流すことはない。
「固えーな。んじゃお前はどんな青春小説が書きたいんだよ」
「私は...」
「ろくに思い浮かんでもないくせに他人の作品にケチをつけるのだけは一人前だな」
「ち、違います!私は、現実的な要素のみで構成された一般向けの作品が良いかと」
「どんな話だよ。例えば?」
眉間にシワを寄せて彼女押し黙った。
「アイデア出し合うのがこのクラブの目的だろ?」
鼻でせせら笑ってから、結城は稲葉に軽く視線を向ける。
「お前はなんかアイデアあるか?」
あからさまな挑戦状だった。稲葉と俺とで話を膨らませる前に止めて見せろという、暗に含んだ不敵な笑み。純粋な怒りが少年にわく。
「そうだね」
苦虫を噛み潰した表情の桃とは対照的に稲葉冥利は柔らかな笑顔を振り撒いた。
「さっきは反対してたけど、スペースオペラに近い、宇宙船のようなものは出したい」
「待ってください」
遊びに水差すタンマの声を桃が上げた。
「桃ちゃん?」
「忘れてませんか?新人賞に応募するのですよ」
稲葉冥利はキョトンと首を傾げ、「覚えてるけど」と小さくぼやいた。
「でしたら描くのが楽しいという理由だけで話作りをしちゃいけません」
「何が言いたい?」
言いくるめたと思った矢先での反論、結城は出来るだけ冷静になるよう静かに尋ねる。
「トレンドを理解した上で斬新なアイデアが必要なのです。簡単にいえば大多数のニーズに応じた商業的に大成するであろう作品」
「流行に流されろ、と」
「そうは言っていません。私達に求められているスキルは出版社の立場で自分達の作品を見ること、客観的に売れるジャンルを見極めることです」
「一理あるが、結局何が言いたいのかわからないな」
「失礼かも知れませんが」
そう前置きしてから桃は続けた。
「SFがトレンディであるかといえばそうではないはずです」
「だからSFであって青春小説であれば
だな」
「その作品がSFを絡めている時点で入賞は難しいかと」
「根拠がねーだろ」
「何千通の応募作品があるんですよ。先程の冒頭じゃ話が本筋に入る前に落選してしまいます」
面白さはもとより、売れるかどうかではSFは微妙、というのが桃の主張であった。
「読ませる文章、引き込まれるであろう冒頭、単純な経験値としての文章力が足りない私達が勝負すべきはジャンルとアイデアしかないはずです」
放課後の雰囲気を冷たい言葉尻に含ませて彼女は鼻をならした。
「SFでは理屈的なことを記さなければならないぶん条件をクリアするのが難しいと思われます。やはり青春小説という枠組みにSFは濃いですし、やらないほうが得策です」
「私はそうは思わない」
反論を考える結城の代わって声をあげたのは、嵐の中心に立っていることを自覚していない稲葉冥利であった。
「文章力と経験値に関してはユーユーのスキルがカバーしていると思う。ジャンルに関しては多少気を使うくらいで平気だよ」
静かだが力のある評価に結城は微かに耳を赤くして、照れ臭そうにこめかみを掻いた。
本人に自覚が無かろうと作文部において稲葉の決定は結論でもある。それを理解しているのであろう、一同は彼女の言葉を神託のように黙って受け取った。
「ほだされた訳じゃないけど、確かにSFなら真新しいものから古典的なものまで幅広くチャレンジできるし、多岐にわたる要素を取り入れられる。複合的な割合、他者との差別化をはかるという意味でこのプランでアイデアを固めていきたい」
言葉を区切り他の三人を見渡すように彼女はゆっくりと首を動かした。
「みんなはどう思う?」
「私は、私はやっぱり反対です」
急かされるように慌てた口調で桃は声を荒げた。当たり障りのないシチュエーションを選択したい彼女達にとって、可決しかかっているSFというジャンルは、真逆といっても相違ない。
「納得出来ません」
彼女の言葉が終わるのを待って、落ち着いた口調で日向葵が口をひらいた。
「あたしも反対かな。青春っていうからには誰もが経験してきたことを主題に置くべきだよ。そこを履き違えて他ジャンルで勝負しては、出版社の意にそぐわないものとして処理されちゃうしね」
稲葉は一度こくんと可愛らしく頷き、顎に指をあて物憂げに結城の方を向いた。
「2対2だね。ユーユーは賛成派でしょ?」
「当然」
稲葉。勝ちなんだ、お前がこっちに転がってきた時点で。
結城は冷静を演じながらも内心ではガッツポーズをとっていた。作文部という狭いコミュニティの中では、稲葉冥利が創始者であり教祖であり神なのだ。彼女は知らないだろうが、俺はお前の想像力の逞しさは十分理解している。
したり顔で傀儡師としてお前の妄想をコントロールするやつらはもういない。
稲葉冥利、お前の想像力は、自由だ。
その晩、見た夢は、言葉では言い表させられない爽快感を含んだものになった。
だだっ広い世界に浮かぶ宇宙船。地面という概念は存在しない。辛うじて船内には重力が存在していて、窓の外の砂金を黒い画用紙にばらまいたかのようなキラキラと瞬く星ぼしが自身を取り巻いていた。青白い光に照らされ、状況が掴めずポカーンとしていたのは一瞬、すぐに稲葉の催眠誘導能力が始まったのだと自覚し、一人コックピットの中で絶叫した。
「うわぁぁぁぁ!」
ゲームセンターのベルトを締めるタイプのアーケードにそっくりだった。どうやら稲葉冥利はそれぼど機械の作りに拘る性格ではないらしい。しかしながら操縦を放棄された機体は、とまりがけの独楽のように重心がぶれグルグルと宇宙空間を音もなく回転しはじめた。
全て稲葉冥利の想像物だからであろう、突発的な不快感に襲われることはなかったが、視界に入ってくる回転の軌跡と点から線になった色とりどりの星達には、直接的な被害はないとはいえ段々と気分が悪くなってくる。どうしたものかと、感じることのない遠心力に飲まれながらも首を捻る。
「技術的なことは必要ありません。ただそれっぽいことをすれば良いだけです」
内部に少女の声が響いた。タクシーで無線が入ったときのようにノイズがかった音声だったが、その声は確かに桃のものだった。
「おっ、おおー」
言われた通り放置されたままだった冷たい操縦菅を握り、手前に倒してみたら機体はバランスを取り戻し無事平行飛行を開始した。
「マジだ。稲葉も相当適当だな。桃ちゃん、助かったわ」
どこにマイクがあるのか知らなかったが、相互通信は可能らしい、いつもの皮肉めいた文句が機体内部に響き渡った。
「冥利は本来SFには詳しくないのです。それを無理やりあなたが矯正するから綻びが生まれてるんですよ」
「まあいいじゃん。下手にミリオタだったりしたら今頃お陀仏だぜ」
「重大さがわかってないみたいですね。ここまであからさまなフィクションだと我々がどのような行動をとるべきなのか全くの未知数、実際に死ぬかもしれません」
「おいおいまさか。夢のなかで死んだって実際の生命活動が停止するわけじゃあるまいし」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれません。いくら鈍感だろうと、ここまで協力な念波、人間の脳を止めることくらい容易いはずです」
向日葵も似たようなことを言ってたなと結城は慣れてきた操作で機体を操りながらため息をついた。
「そんな状況を作り出したんです。それなりの覚悟はお持ちなんですよね?」
ナイフのように鋭利な彼女の言葉が鼓膜を突き刺す。
「そんなものねぇーよ」
ヘラヘラとした返答に誤魔化は存在していなかった。
ザーザーと流れるノイズには桃の微かな吐息が混じっており、無言で彼の言葉を咀嚼しているらしい。
「俺はただ稲葉の想像力に限界がないことと、単純な自分の興味、管理者めいたお前らの物言いに腹立っただけだ」
そのてらう事のない真摯な言葉は、彼の純粋な本意の現れだった。
「こういうとき、あきれた、とコメントするのが正しいんでしょうか」
「知るか」
両隣に戦闘機っぽいデザインの機体が二台、結城の操縦機に寄り添うように飛行していた。
ガラス越しのコックピットには四組の女生徒座っている。桃が左手側、日向が右手側だ。
「どうやら、あの艦隊をのせば良いみたいだねぇ」
面倒な状況を招いた結城を責めることなく、日向の声が通信機を通じて彼の耳に届いた。
前方に視線をやれば、レトロチックな宇宙船が何体か連なって飛行していた。宇宙空間の設定だというのに、大戦中空を飛び回っていた戦闘機のようである。自分達の機体も似たようなものなので強くは言えないが、あんなデザインの飛行機が宇宙を飛び回れるとは思わない。
稲葉冥利は単純に戦闘をして勝利というストーリーを望んでいるのだろう。
「面白くなってきた」
自己の願望を叶える為のものではなく当て付けで提案したSFというジャンルだったが、心の奥底で静かな興奮がわいてきているのがわかった。




