その4裏面
佐々木にとっては、本来なら気にもせず、一笑して電話を切ったであろう内容だった。間違いなく馬鹿にしていたはずだ。しかし、気遣った言葉で話を終えた。なぜなら、一瞬電話の向こうに「それ」の気配を感じたからだ。
佐々木は、医療メーカーの営業職についていた。医療品というものは、ややこしいカタカナが羅列されるため、オーダー・ミスが発生しやすい。そのため、新人営業マンの佐々木は顧客との会話や電話内容を録音する習慣をつけていた。もちろんビジネス雑誌の影響を受けてのことだが。
そのときも、習慣で木村との会話を録音していたのだ。
佐々木は電話を切ったあと、しばし考えてから、録音内容を聞き直すことにした。
(何かを感じたんだよなぁ。)
スピーカーに切り替え、再生ボタンを押した。しばらくは、木村の一方通行な話しが進み、それに適当に対応する自分のやる気のない返答だけが流れた。十分近く経ったときだ。途中一瞬雑音らしきものが入った。(ここだ!)
佐々木は、スマホの再生を停め、数秒リバースした。
“…運動場囲むように----が----わけないんだよなぁ。だからさ、…”
木村が一方的に状況を話している最中だ。このとき佐々木はどうでもイイと思いながら、上の空で話を聞いていたが、耳障りな雑音が意識を目覚めさせた。
もう一度戻す。
“…運動場囲むように----が----わけないんだよなぁ。だからさ、…”
何?何の音?声?
佐々木は寝ることを忘れていた。何かが起こっている。親友の木村の身に何かが起こっている。それを察した。アプリのシンセサイザー機能を使って音響調節をしてみた。人間の声を拾って、機械音を消すように調整し、改めて再生した。
“…運動場囲むように『お・かあ』が『さん』わけないんだよなぁ。だからさ、…”
驚いた余り、思わずスマホを手放した。その動作は、【放り投げた】に近かった。気味の悪いものを突き放すように。それでも、床に落ちたスマホは一方的に木村の声を流していた。
声だ。木村以外の声だ。それも木村が言っていた年齢に相当する少年らしき声。
ただごとじゃない…。
しばし呆然としていたが、行動しなければならないことを悟った。眠気が吹き飛んだようだ。
佐々木はどうしていいかわからないが、とりあえずパソコンを立ち上げ、検索エンジンに「お祓い」と打ち込んだ。