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波長  作者: 塾童子
3/5

その3

「やべぇ」

 見えないはずのものを、見てしまったのか。それとも、ただの錯覚だったのか。中学生から「先生」と呼ばれる立場になった一人前の男が本気でそのことで参っている。帰宅駅に到着し、いつも以上にコソコソと駅舎を出た。今は人に見られたくないというより、余計なものを見たくないという気持ちの方が強い。視線は足元だけでいい。へたに辺りを見回してアイツを見たくない。

 学校近くの駅前よりは、ビルに囲まれてるため数段も街である。今日にかぎっては、にぎやかな街並みが心に安らぎを与える。


(どっか寄って行こ。怖くて家帰れんワ。もしかして、アイツ、俺に憑いてきてんじゃね?何だよ、アイツ。)


 独り暮らしの木村にとっては、非常にまずい状況である。助けを求める相手もいない。おかしな現象が起きても対処できない。

 

(とりあえずネット・カフェで食事を済ませ、掲示版で誰かに相談してみよう。)


 平日の夜だが店内はけっこう混んでいた。木村は席に案内され、手慣れた調子でパソコンを立ち上げ、適当な掲示板を探した。こんなことを友達や職場の人間に相談できるわけない。こんなにネットの匿名の利便性を感じたのは、初めてだ。文明の利器に心から感謝した。


“参っています。なんだが見てはいけないものを見てしてまったようです。自分には霊感のようなものは全くありませんが、今日の夕方、運動場と、電車の車窓に野球のユニホームを着た中学生らしき少年を見てしまいたました。そんなことは不思議でも何でもないでしょうが、その少年、一瞬で視界から消えてしまったのです。これってヤバくないですか?”


 社会人になってから、こんなことを人に相談するなんて…。正直情けない思いでキーを打った。

 

 木村はネットに今の思いを打ち込んだ。返事が来るかどうかわからないし、馬鹿にされるかも知れないが、誰かに思いを訴えたいのだ。待っている間、店内電話で食事を注文し、配信されている映画を観ることにした。

 ところが、思ったよりも早く反応があった。食事が運ばれてくる前に返事が届いたのだ。


 ハンドル・ネームは『秋風』だった。

“初めまして。霊感がなく「それ」らしきものを見たのことですが、霊感というものは、ある程度はみなお持ちなのです。ただ、【波長】が合うかどうかの問題なのです。人間がラジオのような受信機だと思って下さい。性能の高い受信機であれば、受信する電波の幅が広く、多種多様なものを受信することができるはずです。これが霊感が強い方=霊能力者と言われる方などです。ところが一般の人の場合、受信幅が非常に狭く、発する送信機の波長と受け取る受信機の波長が偶然一致したとき、他の人には見えないものが自分だけに見えてしまうことが起こるのです。”


 木村は届いた食事に手もつけず、ディスプレイを凝視していた。


(【波長】があっちゃったの?いらねぇ。)


 もうこの人『秋風』さんしか、今は頼る手立てがない。その一心で、もう一度質問してみた。


“正直、波長なんていらないです。全く見たくもありません。「それ」を見ずにすむ方法ってありますか?今思うと2回とも一方的に視界に入ってきたようなんですが…。お祓いとかした方がイイですかね?”


 とても中学生を指導する教師の言葉とは思えないが、呑気に言葉を選んでいる余裕はなかった。


 やはりすぐに返答が来た。


“人間は機械のようにスイッチでオン・オフを切り替えることはできません。心はいつも開いております。彼らは気分次第で勝手にやってくるのです。ただ単に見えるだけのときもあれば、何かを訴えに来ることもあるでしょう。それもすべて彼らの一方通行でしかないのです。仕事中も、睡眠中も彼らの現れたいときに現れるのです。逆に突然全く波長が合わなくなり、一切姿を見ることがなくなることもあります。霊とコンタクトをとることが生きている我々にとってプラスになることもあれば、マイナスになることもあります。今の段階では、何とも言えません。ただ、どうしても同じ現象が続き、それを避けたいのであれば、やはりしかるべき所で除霊をなさるべきだと思います。”


“ご丁寧な回答ありがとうございます。また、ご相談することもあると思います。友達登録させてもらっても宜しいですか。”

“はい。もし良ければボックスにメール・アドレスを入れておいて下さい。”

“ありがとうございます。そうさせて頂きます。ところで、何かそういった関係のお仕事でもなさっているのですか?”

“いえ、全く関係ありません。実は、数年前私の家族があなたと同じ現象で苦しんでいて、家族で調べ、多くの方に助言を頂いた経験があるのです。このようなことはなかなか人には理解されないため、私たち家族も随分苦しみました。”

“そうだったんですか。今はどうなんですか?”

“正直なことを申し上げますと、ハッピー・エンドではありません。”一度、タップが止まったが、すぐに続きが届いた。“これ以上は、ご相談内容の域を超えてしまうので、遠慮させて下さい。とりあえず、然るべき所へ行くことが最善かと。では、また何か進展があれば。”


 ディスプレイの文字を見て、しばしの沈黙が続いた。

 

“ありがとうございました。”


(進展って…。この場合、何があったら進展なんだろう。ヤベぇなあ。何か重い一日になっちゃったなぁ。帰るのコワ。)

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