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お会いしたのは二度だけですので

作者: 九条ろか
掲載日:2026/10/25

 学園で王子を追いかけ回していると噂されている侯爵令嬢のローデリア・エルトゥーナ。


 確かに王子を探していたが、私的な理由からではない。数日後に開催される隣国との交流パーティーのことを確認するためだった。

 

「婚約者なのに。それも大事な事を伝えたかっただけで、殿下を意味もなく追いかけている女と言われるなんて……」


 帰りの馬車に乗り込むと、ため息と一緒に吐露する。王子に関することで悪し様に言われることは心外だった。

 誰の意図か、悪意ある噂は学園中に広まっている。





 数日後、ローデリアのところへある女生徒が突然話しかけてきた。


「王子はどうして学園に来ないの!?」


 貴族ではないから無作法なのかしら?

いえ、他の方はちゃんとされているからそれはないわね。


 ローデリアは疑問を飲み込んで答えた。


「既に他国に向かわれたので、学園は自主退学になっておりますわ」

「どうして王子が隣国なんかに行くのよ?偉いんだから別の人に行かせればいいじゃないっ!」

「代理を立てるなんて出来ませんわ。

殿下は王族の義務を果たすために行かれたのですもの」


 だんだんと彼女の声が大きくなる。


「なんでそんな他人事なのっ。王子が急にいなくなったのに!あんたって心がないの!?」

「そう言われましても。殿下とは学園でも親しくしておりませんし……」

「婚約してたのはもっと前からなんじゃないの?婚約者として一緒にいたら情が湧いたりするでしょ、ふつう!」


 婚約してると知っていたのに学園で仲良くして、二人で私の噂を流していたあなたがそんなことを言うの……?


「一緒にいたら、ですか……。殿下とは一切交流がありませんでしたので。入学後に初めてお会いしました」

「え、うそ!顔合わせとか貴族はやるんじゃないの?」

「予定はありましたけど、殿下の言葉でなくなりました。『わざわざ会わなくても学園で一緒になるのに必要ない。無駄だ!俺の貴重な時間を使わせるな!』と仰られたそうで。婚約の手続きも殿下の希望で、保護者の代理署名で済ませましたわ」


 学園入学後に殿下が貴重な時間が使ったのは目の前の平民の彼女と過ごすため、だったわね。



「は?じゃあ王子とあんたが会ったのって……」

「入学式の後と、交流パーティーのことを伝えた時がすべてですね」

「そんな……」

「ですので情は、心は?と言われましても、そんなもの微塵もありませんわ。私が殿下にお会いしたのは二度だけですので」


 入学式の時は一応、婚約者なので挨挨だけはするつもりだった。交流パーティーは大事なことだから伝えに行ったのに……。


 彼女、殿下がなぜ隣国に行くことになったのか、まだ気づいていないのかしら……?





 交流パーティーは、この国と比べようもない程に強大な隣国との和平を保つための友好の場。



 国王からも念押しされていたはずなのに、王子はあの日、平民の女生徒を優先して遊びに出掛けた。

 


 隣国側は正しい情報を自前で得ており、国に対する侮辱だと怒りは大きかった。

 結果、和平が危ぶまれて留学の名目で人質になるのが決まった王子。


 ローデリアとの婚約は遡って白紙に戻された。

 王子の留学後、ローデリアの悪評はぴたりと止んでいる。





 王城には何度も行ったが、その度に王子には逃げられた。

 学園でも別棟で授業を受ける男子生徒と女子生徒が交流できるのは、登下校か休憩時間だけ。


 王子はお気に入りの彼女といるために婚約者を避け続けた。

 そんな状態で名前だけの婚約者に対して、ローデリアの感情や思いが育つことはついぞなかった。


そして、もう二度と会うことはない。



「殿下のことはもう話題にしない方がよろしいですわよ?それから、私のことを『あんた』と呼ぶのはおやめください」

「わ、わかったわ。ローデリアさん……」

「エルトゥーナ侯爵令嬢、ですわ。名前呼びする程に親しくありませんよね。ああ、他の方々にも『あんた』などと粗雑に呼びかけるのは控えた方が身のためですよ」

「え……」

「無条件に守ってくださる方はもういないんですもの」


 耳元で落とされた言葉は冷たい響きだった。青褪めた顔の女子生徒を残してローデリアは歩いていく。






 殿下の行方を気にしていた彼女は、数日の内にいなくなった。


 彼女の身を案じた家族が、秘密裏にどこかに逃がしたのかしら。

 平民の彼女の家族や親族が無事に逃がすだけの伝手を持っているかは疑問だけれど。



 そういえば彼女、学園の令嬢達に嫌がらせしてひどく嫌われていたわね。


 婚約者から贈られたネックレスを奪い取られて壊された方、お祖母様お手製の刺繍入りハンカチを破かれた方、他にも殿下の威を借りて物を盗られ壊された方が大勢いるとか。殿下が学園にいた時は誰も報復など考えなかったようだけど……。


 もしかしたら令嬢の誰かが恨みを晴らすために彼女を連れて……なんてこともあり得るわね。



 あとは国交に波風を立てた彼女に隣国が目をつけて、殿下と同じように責任を取らせるために隣国へ……これは一番なさそうね!

 隣国は魔法大国だし、その気になれば人間一人どうとでもできるもの。彼女の存在なんて気にかけることはないでしょうね。






 王族絡みのことも、殿下と彼女のことからも解放されたし、次は自分のことを考えなくてはね。

 新しい婚約者ができるのは実は少し楽しみにしている。


 今度の相手はふつうに挨拶できる人がいい。

 時々は私の話を聞いてほしい。

 新しい婚約者様は、この願いを叶えてくれるかしら?




*~*~*~*~*


「はあーーーー一…………」


室内に長いため息が落ちた。

隣国に移送された王子は見た目は豪華な衣装を身に着け、パンとスープ、メインの魚料理、サラダが揃った食事を食べていた。


スープを掬って飲み込み、白身魚のソテーを咀嚼して、パンをちぎって口に運ぶ。


「味がしない……」


 静かな部屋で黙々と食べ続ける。空になった皿をトレーに戻してしばらく経つと、トレーは皿ごと跡形もなく消えた。

 昼食後はベッドに仰向けに寝転がる。

染み一つない無機質な天井が目に映った。


「…………」


 広いベッドは祖国にいた時とはリネンの質が違う。清潔だがゴワゴワとした布地が気になって夜中に何度も目が覚める。

 衣装は見た目は派手だが触感は以前の服とは全く異なる固さだ。

 食事は一日三回、毎食バランス良く用意される。味付けもごくふつうのものだ。


「……あぁ、誰か、誰でもいいから来てくれ!!!」


 部屋に王子の声が響く。外からは何の反応もない。

毎食一人でする食事は味気なく、日に日に味を感じなくなった。


「誰か、なあっ!あぁぁ、今日も誰も来ないのか……」


 食事は決まった時間になると、室内のテーブルに魔法の力で現れる。

 食後しばらく時間が経つと再び魔法で回収される。


 手洗いもシャワーも室内に設備があり不自由はない。だが王子には、自由もない。


「どうしてあの日街に行ったんだ俺はっ!くっ、父上の言いつけを守っていれば今頃、ぐぅっ!!」


 唸りながらごろごろと転がり、ベッドから落ちる。

 ベッドに戻る気力もなく床に寝そべる。


「ローデリアだって交流会は大事だと……わかっていたのに、わかって、でも」


 自分の意思とは関係なく選ばれた婚約に反発したかっただけだった。王族の責務だ、義務だと言われるのがうっとうしかった。

 ただ逃げたかったのだ。何も煩いことを言わない平民の女生徒を横に置いて、もうちょっと自由を楽しんだら、ちゃんと王子をやるつもりでいた。


 つもりでいたら、どうにもならないところまで来てしまった。

 ローデリアは美しく、妃の授業も順調だと聞いていた。王族に相応しい女だと思っていたのに……なぜあんなに避けてしまったのだろう?

 


「あぁ、もう夕飯の時間か」


 テーブルの上に湯気のたつ料理のトレーが出てきた。

 のろのろと起き上がって、席につくとフォークを手に取る。


 名目上だけ留学生の王子は、大国の学園に通うことを許されない。


 人質としての役割を終えるまで、衣服も食事も不足なく提供されるが誰とも会うことはない。


「はぁ……。いつか、国に帰りたいなぁ」


 部屋に落ちた呟きは、誰にも聞き届けられずに消えていった。






*~*~*~*~*



「初めてお目にかかります。テルソナ公爵家のダリスと申します。本日はお会いできるのを楽しみにしておりました!」


 笑顔ではっきりとした声で挨拶してくださるテルソナ公爵令息に、私も微笑んで挨拶を返す。


「お目にかかれて光栄です、テルソナ公爵令息様。エルトゥーナ侯爵家のローデリアでございます。……あの、私も楽しみにお待ちしておりました」


 新しい婚約者との第一歩。


 初めての挨拶を交わし、テーブルについてお茶が注がれたティーカップを手に取る。

 一口飲んで、珍しくソーサーに戻す手が震えた。楽しみなのは本心なのにそれと同じくらい緊張していた。


「その、釣書きを送ったものの本当に受けていただけるとは……」

「あら、今回の婚約はご両親の希望でしたのね」

「いえっ、私の希望です!私がエルトゥーナ侯爵令嬢と話してみたいとお願いしたんです。両親にはまだ早いと言われたのに、無理を言って」


「そうでしたか。私と話してみたいなんて、嬉しいですわ。どうぞ私のことはローデリアとお呼びください」

「ありがとう、ローデリア嬢!私のこともダリスと呼んでくださいっ」

「はい、ダリス様」


 温かな空気が流れて自然と緊張がとけていく。


「婚約がなかったことになって間がないのに、ローデリア嬢はその……まだ気持ちの整理がつかないよね?」

「それが、そうでもないんですの。おかしな話なのですが殿下とはあまり交流がなくて」

「そうなんだ?学園で一緒だったと聞いていたから」

「ふふ、同じ学園にいたのに変ですよね」

「意外だったけど……よかったな、と思ってます」

「え?」

「前の婚約者とそんなに交流してないって聞いて嬉しいよ、私としては」

「ダリス様……」


 そんな、本当に嬉しそうな笑みで言われたら返答に困ってしまうわ。

 


「これからたくさんデートに誘いたい」


 前の婚約者より交流を深めたいから、と言われてドキリと心臓が高鳴る。

 


 殿下、お会いしたのがたった二度だけでよかったです。


 私はこれから、新しい婚約者様とまっさらな気持ちで幸せになれそうです!





  

end

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平民女は転生者なのかしら? 余りにもバカすぎるんだけど
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