表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
15章:『渓谷と踏み潰された花』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/92

第1節:『熱病のハンドル』

遅い。遅い。遅すぎます。

 こんな速度では、いつまで経っても次の色に着きません。


「……もっと。もっと速く回ってよ」


 私はハンドルを握りしめ、ペダルを深く踏み込みました。ヴィオラさんが設計した「鉄の柩」の機関部が、苦しげな唸り声を上げます。


 ゴォォォォォ!!


 車体が激しく振動し、砂利を跳ね上げながら荒野を疾走します。


「おいマシロ! 飛ばしすぎだ! 水温計を見ろ、レッドゾーンに入りかけてるぞ!」


 隣のヴェールさんが、青ざめた顔で叫びました。彼はさっきから、シートの取っ手を命綱のように握りしめています。


「大丈夫ですよ。この子はヴィオラさんが作ったんです。これくらいで壊れるほど柔じゃありません」


「限度があるって言ってんだよ! この悪路で風景が溶けるほど飛ばす奴があるか、自殺志願者かお前は!」


「死にませんよ。死なせません……私が、目的地に着くまでは」


 私は短く答え、さらにペダルを踏みました。景色が線になって後ろへ流れていきます。

 気持ちいい。

 身体の中を駆け巡る「赤」の熱量が、機関部の激しい鼓動と同期して、私を急き立てています。


 ドクン、ドクン。


 エンジンの振動が、アイゼンの心音に聞こえる。

 排気音が、彼の呼吸に聞こえる。


(アイゼンなら、これくらい平気だった)


(アイゼンなら、こんな岩場なんてものともしなかった)


 この車は、今の私にとってアイゼンの代わりです。鉄でできていて、頑丈で、私を運んでくれる箱。なら、これくらい耐えてもらわなきゃ困ります。


「マシロおねえちゃん……こわい……っ」


 後部の座席から、細い声が聞こえました。運転席の鏡越しに見ると、リアが毛布を被って震えています。度重なる衝撃で、小さな身体が座席の上で跳ねていました。


「……気持ち悪いよぅ……」


「我慢して、リア。すぐに着くから」


 私は鏡から視線を外し、前だけを見据えました。

 リアの泣き声が、どこか遠くに聞こえます。まるで分厚いガラスの向こう側みたいに、私の心はピクリとも震えませんでした 。

 可哀想ですが、止まるわけにはいきません。一分でも、一秒でも早く次の結晶を手に入れて、アイゼンを治さなきゃいけないんです。そのためなら、多少の無理は必要なことでしょう?


「おい、聞いてんのか! 前! 段差があるぞ!」


 ヴェールさんの警告。

 目の前に、古い水路の跡と思われる大きな亀裂が迫っていました。

 緩める? いいえ、緩める暇はありません。


「飛び越えます」


「はあ!? 馬鹿野郎、足回りがイカれるぞ!」


「邪魔だぁぁッ!!」


 私は叫びと共に、ハンドルを強引に引き上げました。バキッ、と何かが軋む音がしました。ステアリングの軸をねじ切らんばかりの力で、無理やり車首を持ち上げたのです。


 グォン!!


 数トンの鉄塊が、物理法則を無視して宙を舞いました。浮遊感。

 そして、着地の激震。


 ドッッッガァァァァン!!


 凄まじい音が響き、車内が嵐の中の小舟のように揺さぶられました。棚から荷物が崩れ落ち、散弾のように飛び交います。


「きゃああああああっ!!」


 リアの悲鳴が聞こえました。ドン、と何かが壁にぶつかる鈍い音。


「――ッ! リア!!」


 ヴェールさんが身を守るための革ベルトを外し、後部座席へ飛び込みました。

 私はそこでようやく我に返り、ブレーキを蹴りつけました。


 キキーッ!!


 タイヤが悲鳴を上げ、車が急停止します。

 振り返ると、リアが、床に投げ出されていました。荷物の下敷きになり、おでこから血を流しています。


「あ……っ!」


 私はシートベルトを外し、リアの元へ駆け寄ろうとしました。その時です。


 グシャリ。


 足裏に、嫌な感触がありました。硬いものが、無惨にひしゃげる音。

 私が足をどけると、そこにはリアが大切にしていた「鉄屑の花」が、見る影もなく踏み潰されていました。花びらの銅線は千切れ、雌しべのボルトは歪み、ただのゴミに戻っていました。


「あ……」


 私は息を呑みました。顔を上げると、ヴェールさんに抱きかかえられたリアが、額から血を流して私を見ていました。その瞳は、痛みと、そして何より――「大好きなお姉ちゃんに宝物を壊された」という絶望で、揺れていました。


「う、うあぁぁぁ……ん!!」


 火がついたような泣き声。


「マシロ! てめぇ、いい加減にしろ!!」


 ヴェールさんの怒声が飛んできました。彼はリアを抱きかかえ、血走った目で私を睨みつけました。


「アイゼンを治すためなら、リアが死んでもいいのかよ!?」


――え?


 その言葉に、冷水を浴びせられたように頭が冷えました。熱病のような高揚感が、スーッと引いていきます。


「……あ、わたし……」


 私は自分の足元――踏み潰した花を見下ろしました。手が、震えています。


 プスン。プスン。


 酷使された機関部が、最期の咳をするように止まりました。前方の隙間から、真っ白な蒸気がシューシューと噴き出しています。

 オーバーヒート。限界でした。車も、そして私の心も。

 私はハンドルから手を離しました。手のひらが、赤く腫れ上がっています。静寂が戻った車内に、リアの泣き声だけが響いていました。


「……ごめん、なさい……」


 私はアイゼンを求めて走っていたはずでした。

 けれど、私がやっていたのは、大切な家族を鉄の箱に詰め込んで、死に向かって転がしていただけだったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ