表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
14章:『悪夢と鉄の冷たさ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/92

第6節:『侵食する赤』

『いい子。受け入れて。あなたの隙間を、(いかり)で埋めてあげる』


 脳髄に直接、カルミナの……母様の歓喜の声が響きます。


 ドクン!!


 右腕の血管が、かつてないほど激しく脈打ちました。

 肘から肩、そして心臓へ。

 焼けるような熱さが、蛇のように這い上がってきます。

 痛い。痛い痛い痛い!

 血管に溶岩を流し込まれているみたい。私の血が、私の細胞が、異物に侵されて書き換えられていく!


「あガ、ぁあああああッ!!」


 私は喉が裂けるほどの絶絶叫を上げ、その場に膝をつきました。

 視界が明滅します。

 世界が赤い。何もかもが赤く染まって見える。


「マシロ!?」


 遠くでヴェールさんの叫び声が聞こえました。

 彼はまだ、暴走する防衛システムと戦っています。

 巨大な鉄のアームが、彼を押し潰そうと振り上げられていました。


「――危ない」


 助けなきゃ。

 そう思ったはずでした。

 けれど、次の瞬間、私の内側から湧き上がってきたのは「心配」ではありませんでした。

 もっとドロドロとした、堪え難い「苛立ち」でした。


(……うるさいなあ)


 その鉄屑アームは、いつまでガシャガシャと騒いでいるの?

 私のアイゼンはいないのに。どうして偽物の機械だけが、そんなに元気なの?


(目障り。耳障り)


(――壊れちゃえ)


 思考よりも先に、身体が動いていました。

 私は膝をついたまま、燃え盛る右腕を、床の鉄板に突き立てました。


「消えなさいよッ!!」


 ドンッ!

 私の掌から、床を通して膨大な「赤」が奔流となって走りました。

 それは一直線に防衛システムへと到達し、その巨大な躯体を駆け巡ります。


 キィィン――!


 アームの動きが止まりました。

 ヴェールさんが目を見開いて後退します。

 直後。

 機械の内部から、ボコボコと沸騰する音が聞こえました。


 ドォォォォォン!!


 爆発的な膨張。

 数トンある鉄の塊が、内側からの圧力に耐えきれず、飴細工のように裂け、弾け飛びました。

 飛び散った破片とオイルが、赤い雨のように降り注ぎます。

 ……静かになりました。

 耳鳴りだけが、キーンと響いています。


「……は、ぁ……」


 私は荒い息を吐きながら、自分の右手を見つめました。

 結晶はもうありません。

 完全に私の腕の中に消えていました。

 その代わり、右腕を覆っていた黒い痣の隙間に、マグマのような赤い亀裂が走り、微かに発光しています。

 痛い。まだ腕が焼けるように熱い。

 けれど、それ以上に――身体の芯が、(みなぎ)る力で震えていました。

 心臓が早鐘を打っています。

 何でもできる気がする。何でも壊せる気がする。

 これが、「赤」の力?


「……おい、マシロ」


 ヴェールさんが、瓦礫を踏み越えて近寄ってきました。

 彼は無惨に破壊された機械の残骸を一瞥し、それから私の顔を覗き込みました。

 その目は、明らかに怯えていました。


「お前、顔……」


「顔?」


 私はペタペタと自分の頬を触りました。

 何も付いていません。ですが、ヴェールさんは言葉を飲み込み、複雑そうな顔で視線を逸らしました。

 私の右頬には、血管が浮き出たような赤い痣が這い上がり、右目の瞳孔が、赤く染まっていたことに気づきませんでした。


「……いや、なんでもねえ。無事ならいい」


 彼はそう言いましたが、私を見る目が、以前とは違う冷たさ――警戒を含んでいることに、私は気づきませんでした。

 いいえ。気づいていても、「どうでもいい」と感じてしまったのです。

 私は立ち上がりました。身体が軽い。疲労が消し飛んだようです。それと引き換えに、私の右腕はもう、以前の「私」を留めてはいませんでした。


 肘の関節を砕くように芽吹いた黒い結晶は、体内で暴れ狂う「赤」の熱に煽られ、二の腕の柔らかい肉を食い破るようにして這い上がっていました。

 かつては白かった肌の半ばまでが、禍々しい黒と赤の紋様に塗りつぶされている。

 それはまるで、私の心臓を目指して根を伸ばす、貪欲な毒草のようでした。

 けれど……早く。早くアイゼンのところへ。この力があれば、もっと速く走れるはず。


「行きましょう、ヴェールさん」


 私は彼を振り返らず、早足で歩き出しました。

 出口には、「鉄の柩」で待っていたリアが心配そうに駆け寄ってきました。


「マシロおねえちゃん! ぶじでよかった……!」


 リアは泣きそうな顔で私の服を掴みました。

 その手には、あの「鉄屑の花」が握りしめられています。ヴェールさんが作ってくれた、歪で不器用な花。

 私はそれを見て、ふと思いました。


(……なんで、そんなガラクタを大事にしてるんだろう)


(捨てればいいのに)


 冷たい思考が、一瞬だけ胸を過ぎりました。

 けれど、私はすぐにそれを振り払い、リアの頭を撫でました。

 私の手は、以前よりも少しだけ熱く、そして硬くなっていました。

 出口の向こうで、破壊された工場の残骸が、赤い蒸気を上げてくすぶっていました。

 私たちの旅はまだ始まったばかり。

 けれど、私が失ったものは、もう戻らないのかもしれません。


 第14章 「悪夢と鉄の冷たさ」 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ