第6節:『侵食する赤』
『いい子。受け入れて。あなたの隙間を、私で埋めてあげる』
脳髄に直接、カルミナの……母様の歓喜の声が響きます。
ドクン!!
右腕の血管が、かつてないほど激しく脈打ちました。
肘から肩、そして心臓へ。
焼けるような熱さが、蛇のように這い上がってきます。
痛い。痛い痛い痛い!
血管に溶岩を流し込まれているみたい。私の血が、私の細胞が、異物に侵されて書き換えられていく!
「あガ、ぁあああああッ!!」
私は喉が裂けるほどの絶絶叫を上げ、その場に膝をつきました。
視界が明滅します。
世界が赤い。何もかもが赤く染まって見える。
「マシロ!?」
遠くでヴェールさんの叫び声が聞こえました。
彼はまだ、暴走する防衛システムと戦っています。
巨大な鉄のアームが、彼を押し潰そうと振り上げられていました。
「――危ない」
助けなきゃ。
そう思ったはずでした。
けれど、次の瞬間、私の内側から湧き上がってきたのは「心配」ではありませんでした。
もっとドロドロとした、堪え難い「苛立ち」でした。
(……うるさいなあ)
その鉄屑は、いつまでガシャガシャと騒いでいるの?
私のアイゼンはいないのに。どうして偽物の機械だけが、そんなに元気なの?
(目障り。耳障り)
(――壊れちゃえ)
思考よりも先に、身体が動いていました。
私は膝をついたまま、燃え盛る右腕を、床の鉄板に突き立てました。
「消えなさいよッ!!」
ドンッ!
私の掌から、床を通して膨大な「赤」が奔流となって走りました。
それは一直線に防衛システムへと到達し、その巨大な躯体を駆け巡ります。
キィィン――!
アームの動きが止まりました。
ヴェールさんが目を見開いて後退します。
直後。
機械の内部から、ボコボコと沸騰する音が聞こえました。
ドォォォォォン!!
爆発的な膨張。
数トンある鉄の塊が、内側からの圧力に耐えきれず、飴細工のように裂け、弾け飛びました。
飛び散った破片とオイルが、赤い雨のように降り注ぎます。
……静かになりました。
耳鳴りだけが、キーンと響いています。
「……は、ぁ……」
私は荒い息を吐きながら、自分の右手を見つめました。
結晶はもうありません。
完全に私の腕の中に消えていました。
その代わり、右腕を覆っていた黒い痣の隙間に、マグマのような赤い亀裂が走り、微かに発光しています。
痛い。まだ腕が焼けるように熱い。
けれど、それ以上に――身体の芯が、漲る力で震えていました。
心臓が早鐘を打っています。
何でもできる気がする。何でも壊せる気がする。
これが、「赤」の力?
「……おい、マシロ」
ヴェールさんが、瓦礫を踏み越えて近寄ってきました。
彼は無惨に破壊された機械の残骸を一瞥し、それから私の顔を覗き込みました。
その目は、明らかに怯えていました。
「お前、顔……」
「顔?」
私はペタペタと自分の頬を触りました。
何も付いていません。ですが、ヴェールさんは言葉を飲み込み、複雑そうな顔で視線を逸らしました。
私の右頬には、血管が浮き出たような赤い痣が這い上がり、右目の瞳孔が、赤く染まっていたことに気づきませんでした。
「……いや、なんでもねえ。無事ならいい」
彼はそう言いましたが、私を見る目が、以前とは違う冷たさ――警戒を含んでいることに、私は気づきませんでした。
いいえ。気づいていても、「どうでもいい」と感じてしまったのです。
私は立ち上がりました。身体が軽い。疲労が消し飛んだようです。それと引き換えに、私の右腕はもう、以前の「私」を留めてはいませんでした。
肘の関節を砕くように芽吹いた黒い結晶は、体内で暴れ狂う「赤」の熱に煽られ、二の腕の柔らかい肉を食い破るようにして這い上がっていました。
かつては白かった肌の半ばまでが、禍々しい黒と赤の紋様に塗りつぶされている。
それはまるで、私の心臓を目指して根を伸ばす、貪欲な毒草のようでした。
けれど……早く。早くアイゼンのところへ。この力があれば、もっと速く走れるはず。
「行きましょう、ヴェールさん」
私は彼を振り返らず、早足で歩き出しました。
出口には、「鉄の柩」で待っていたリアが心配そうに駆け寄ってきました。
「マシロおねえちゃん! ぶじでよかった……!」
リアは泣きそうな顔で私の服を掴みました。
その手には、あの「鉄屑の花」が握りしめられています。ヴェールさんが作ってくれた、歪で不器用な花。
私はそれを見て、ふと思いました。
(……なんで、そんなガラクタを大事にしてるんだろう)
(捨てればいいのに)
冷たい思考が、一瞬だけ胸を過ぎりました。
けれど、私はすぐにそれを振り払い、リアの頭を撫でました。
私の手は、以前よりも少しだけ熱く、そして硬くなっていました。
出口の向こうで、破壊された工場の残骸が、赤い蒸気を上げてくすぶっていました。
私たちの旅はまだ始まったばかり。
けれど、私が失ったものは、もう戻らないのかもしれません。
第14章 「悪夢と鉄の冷たさ」 完




