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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
14章:『悪夢と鉄の冷たさ』

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第5節:『高炉の心臓』

「いいか、お前たちが探すのは『赤の色相結晶』だ」


 ふと、出発前のヴィオラさんの言葉が脳裏に蘇りました。

 彼女はモニターに映し出された波形データを指し示しながら、淡々と説明してくれました。


「塔のセンサーが、この地点に極大のエネルギー反応を検知している。数値から見て、純正炉を動かすための高密度燃料バッテリーで間違いないだろう」


「専用の鉛ガラスのケースを持っていけ。放射熱が凄いからな、絶対に素手で触るんじゃないぞ」


 彼女の説明は理理整然としていて、私はそれを「綺麗な宝石のようなもの」だと想像していました。

 熱くて、キラキラしていて、少し危険なだけの石。

 ……ヴィオラさんは、知らなかったのでしょうか。

 それとも、機械越しのデータでは、これの正体までは分からなかったのでしょうか。


「……なんだよ、あれ」


 隣でヴェールさんが呻くように言いました。

 私たちは工場の最深部、円形の広場に出ました。

 その中央には、巨大な「高炉」が鎮座しています。かつて鉄を溶かしていたであろう灼熱の釜。

 けれど今、そこで煮えたぎっているのは鉄ではありません。


 ドクン。ドクン。ドクン。


 高炉の覗き窓から、赤黒い光が溢れ出しています。

 それは一定のリズムで明滅し、まるで巨大な生物が呼吸しているかのようでした。

 周囲のパイプは飴細工のように捻じ曲がり、床の鉄板はドロドロに溶解しています。

 ただの熱ではありません。

 そこに在る「何か」が、この空間の物理法則ごと書き換えているような、おぞましい気配。


『おいで、イリス』


『寒かったでしょう。痛かったでしょう。早くママの中におかえり』


 頭の中に響く甘い声が、さらに強くなりました。

 私はガタガタと震える歯を食いしばり、一歩を踏み出します。


「……マシロ、待て!」


 ヴェールさんが私の肩を掴もうとしました。

 その瞬間です。


 ギギギギギ……ッ!


 高炉の周囲に設置されていた巨大なアームが、突然鎌首をもたげました。

 本来は鉄塊を運ぶための重機。けれど今は、侵入者を排除するための「番犬」として、赤く錆びた爪をこちらに向けています。


「警告。警告。非認可ノ接近ヲ検知」


 壊れたスピーカーから、ノイズ混じりの機械音声が響きます。


「第一種防衛行動ヲ開始シマス。排除。排除。排除ォォォォオオ!!」


 ブォン! と風を切る音と共に、数トンはある鉄のアームが振り下ろされました。


「チッ、やっぱりタダじゃ通してくれねえか!」


 ヴェールさんが私を突き飛ばし、自身もバックステップで回避します。


 ドォォォォン!!


 私たちがいた場所が、一撃で粉砕され、クレーターのように陥没しました。


「マシロ! 俺が関節(センサー)を狙って動きを鈍らせる! お前はその隙に『中身』を奪え!」


「で、でも……!」


「迷ってる暇はねえ! アイゼンを治すんだろ!? 行けッ!!」


 ヴェールさんは叫ぶと、身軽な動きで瓦礫を蹴り、巨大な鉄の爪の死角へと滑り込んでいきました。

 無謀です。けれど、彼は私に道を作るために、命がけで踊ってくれています。


(アイゼンを、治す……)


 その言葉が、私の背中を蹴り飛ばしました。

 そうです。私は何のためにここまで来たのですか。

 怖いとか、気持ち悪いとか、そんなことを言っている場合ではありません。

 私は地面を蹴りました。

 暴れるアームの隙間を潜り抜け、熱波に顔を焼かれながら、高炉の足場を駆け上がります。

 目の前に、主動力室のハッチがありました。

 赤熱して歪んだその扉の向こうに、それはありました。


「……あ」


 私は息を呑みました。

 ヴィオラさんがくれた「鉛ガラスのケース」を取り出そうとした手が、止まります。

 そこに浮いていたのは、宝石ではありませんでした。

 ガラス質の薄い膜の中に、ドロリとした鮮血のような液体が詰まった、握り拳大の塊。

 それが、生きた心臓のように収縮と膨張を繰り返していたのです。


『やっと会えたわね、イリス』


 目の前の塊が、幻聴ではなく、物理的な振動として「言葉」を発しました。


『さあ、触れて。受け入れて。(いかり)を、あなたのものにして』


 それは、私の本能が一番恐れているものでした。

 けれど同時に、私の欠けた魂が一番欲している「部品」でもありました。

 気がつけば、私はケースを放り出し、素手を伸ばしていました。

 指先が、熱く脈打つその表面に触れます。


 ジュッ、と皮膚が焼ける音がしました。


 熱い。

 私が触れた「それ」は、硬い鉱石ではありませんでした。

 指先が沈み込みます。まるで、煮えたぎる粘液の塊に手を突っ込んだような感触。


「――ぁ、あ……!?」


 離そうとしても、離れません。

 赤黒い塊は、私の指の皮膚を溶かし、肉を食い破り、そこからズルリと「中」へ潜り込んできたのです。

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