第5節:『高炉の心臓』
「いいか、お前たちが探すのは『赤の色相結晶』だ」
ふと、出発前のヴィオラさんの言葉が脳裏に蘇りました。
彼女はモニターに映し出された波形データを指し示しながら、淡々と説明してくれました。
「塔のセンサーが、この地点に極大のエネルギー反応を検知している。数値から見て、純正炉を動かすための高密度燃料で間違いないだろう」
「専用の鉛ガラスのケースを持っていけ。放射熱が凄いからな、絶対に素手で触るんじゃないぞ」
彼女の説明は理理整然としていて、私はそれを「綺麗な宝石のようなもの」だと想像していました。
熱くて、キラキラしていて、少し危険なだけの石。
……ヴィオラさんは、知らなかったのでしょうか。
それとも、機械越しのデータでは、これの正体までは分からなかったのでしょうか。
「……なんだよ、あれ」
隣でヴェールさんが呻くように言いました。
私たちは工場の最深部、円形の広場に出ました。
その中央には、巨大な「高炉」が鎮座しています。かつて鉄を溶かしていたであろう灼熱の釜。
けれど今、そこで煮えたぎっているのは鉄ではありません。
ドクン。ドクン。ドクン。
高炉の覗き窓から、赤黒い光が溢れ出しています。
それは一定のリズムで明滅し、まるで巨大な生物が呼吸しているかのようでした。
周囲のパイプは飴細工のように捻じ曲がり、床の鉄板はドロドロに溶解しています。
ただの熱ではありません。
そこに在る「何か」が、この空間の物理法則ごと書き換えているような、おぞましい気配。
『おいで、イリス』
『寒かったでしょう。痛かったでしょう。早くママの中におかえり』
頭の中に響く甘い声が、さらに強くなりました。
私はガタガタと震える歯を食いしばり、一歩を踏み出します。
「……マシロ、待て!」
ヴェールさんが私の肩を掴もうとしました。
その瞬間です。
ギギギギギ……ッ!
高炉の周囲に設置されていた巨大なアームが、突然鎌首をもたげました。
本来は鉄塊を運ぶための重機。けれど今は、侵入者を排除するための「番犬」として、赤く錆びた爪をこちらに向けています。
「警告。警告。非認可ノ接近ヲ検知」
壊れたスピーカーから、ノイズ混じりの機械音声が響きます。
「第一種防衛行動ヲ開始シマス。排除。排除。排除ォォォォオオ!!」
ブォン! と風を切る音と共に、数トンはある鉄のアームが振り下ろされました。
「チッ、やっぱりタダじゃ通してくれねえか!」
ヴェールさんが私を突き飛ばし、自身もバックステップで回避します。
ドォォォォン!!
私たちがいた場所が、一撃で粉砕され、クレーターのように陥没しました。
「マシロ! 俺が関節を狙って動きを鈍らせる! お前はその隙に『中身』を奪え!」
「で、でも……!」
「迷ってる暇はねえ! アイゼンを治すんだろ!? 行けッ!!」
ヴェールさんは叫ぶと、身軽な動きで瓦礫を蹴り、巨大な鉄の爪の死角へと滑り込んでいきました。
無謀です。けれど、彼は私に道を作るために、命がけで踊ってくれています。
(アイゼンを、治す……)
その言葉が、私の背中を蹴り飛ばしました。
そうです。私は何のためにここまで来たのですか。
怖いとか、気持ち悪いとか、そんなことを言っている場合ではありません。
私は地面を蹴りました。
暴れるアームの隙間を潜り抜け、熱波に顔を焼かれながら、高炉の足場を駆け上がります。
目の前に、主動力室のハッチがありました。
赤熱して歪んだその扉の向こうに、それはありました。
「……あ」
私は息を呑みました。
ヴィオラさんがくれた「鉛ガラスのケース」を取り出そうとした手が、止まります。
そこに浮いていたのは、宝石ではありませんでした。
ガラス質の薄い膜の中に、ドロリとした鮮血のような液体が詰まった、握り拳大の塊。
それが、生きた心臓のように収縮と膨張を繰り返していたのです。
『やっと会えたわね、イリス』
目の前の塊が、幻聴ではなく、物理的な振動として「言葉」を発しました。
『さあ、触れて。受け入れて。私を、あなたのものにして』
それは、私の本能が一番恐れているものでした。
けれど同時に、私の欠けた魂が一番欲している「部品」でもありました。
気がつけば、私はケースを放り出し、素手を伸ばしていました。
指先が、熱く脈打つその表面に触れます。
ジュッ、と皮膚が焼ける音がしました。
熱い。
私が触れた「それ」は、硬い鉱石ではありませんでした。
指先が沈み込みます。まるで、煮えたぎる粘液の塊に手を突っ込んだような感触。
「――ぁ、あ……!?」
離そうとしても、離れません。
赤黒い塊は、私の指の皮膚を溶かし、肉を食い破り、そこからズルリと「中」へ潜り込んできたのです。




