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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
14章:『悪夢と鉄の冷たさ』

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第4節:『鉄と蒸気の迷宮』

 暴徒たちを退け、廃墟を抜けた先。空の色が、鉛色からどす黒い赤へと変わり始めました。気温が上がり、肌を焼くような熱気が車内にも伝わってきます。

 その場所は、まるで世界の傷口のようでした。


 灰色の荒野の果てに突如として現れたのは、空を覆い尽くすほどの巨大な鉄骨の森です。

 錆びついたパイプが血管のように絡み合い、何百という煙突が、腐った歯のように乱立しています。

 そこから吐き出される黒煙と蒸気が、空をどす黒い赤色に染め上げていました。


「旧・第一重工業区」


 地図にはそう記されていますが、人々はこう呼ぶそうです。


――「赤の炉」


 私たちは「鉄の柩」を廃工場の入り口近く、崩れた瓦礫の影に隠しました。

 車を降りた瞬間、むっとするような熱気と、硫黄の臭いが鼻をつきます。


「……ひどいにおい。こげてるにおいがする」


 リアが鼻をつまんで、私の背中に隠れました。

 リアの指が、私の服を強く掴みました。


「……こわい」


 その震えが、私の背中越しに伝わってきます。

 けれど次の瞬間、リアはそっと手を離しました。

 逃げる代わりに、小さな足で一歩だけ前に出ます。


「……でも、おねえちゃんが、こわいのはイヤ」


 その言葉に呼応したように、迷宮の奥の地響きが一段だけ重くなりました。

 蒸気の向こうで、赤い光が“点”ではなく、鼓動する“塊”として輪郭を持った気がしました。

 私も思わず袖で口元を覆います。


 ここは静かではありません。

 ズゥン、ズゥン、と地響きのような音が、絶え間なく足裏から伝わってくるのです。

 それはまるで、地下深くに眠る巨人の心音のようでした。


「気をつけろよ。ここはまだ『生きてる』」


 ヴェールさんが短剣を抜き、油断なく周囲を警戒しながら歩き出します。


「人間はいなくなったが、自動化された機械どもだけが、まだ主人の命令を守って動き続けてやがる。……三百年も、何も作らないラインを動かし続けてな」


 彼の言葉通り、崩れかけた工場の壁の向こうでは、巨大な歯車が軋みながら回転し、蒸気ハンマーが誰もいない作業台を叩き続けていました。


 ガシャン、ガシャン。


 その規則正しいリズムは、狂気じみていて、どこか悲しげでした。

 私たちは、迷路のように入り組んだ通路を進んでいきました。

 足元には、黒く変色した油が水たまりを作っていました。

 頭上を走るパイプからは、シューッという音と共に高温の蒸気が噴き出し、視界を白く遮ります。指で触れると、ぬるりとしていて、鉄のはずなのに生温かい。


(……怖い)


 私は、自分の右手を強く握りしめました。

 先ほど、暴徒を破裂させた感触が、まだ掌に残っています。

 油のぬめりが、あの時の血の感触を思い出させました。

 拭っても拭っても、指先から「赤」が取れないような気がして、吐き気が込み上げてきます。


『――こっちよ』


 不意に。

 蒸気の向こうから、甘い声が聞こえました。


「え?」


 私は足を止め、周囲を見回しました。

 ヴェールさんもリアも、気づいた様子はありません。


『可哀想なイリス。怖かったでしょう? 寒かったでしょう?』


 耳ではありません。脳髄に直接、蜂蜜を垂らされるような響き。

 カルミナの声です。

 けれど、いつもの冷徹な響きとは違う、もっと熱っぽくて、粘り気のある声。


『早くおいで。私を食べて。そうすれば、もう二度と怯えなくて済むわ』


『誰にも負けない、誰も寄せ付けない、最強の魔女になれる』


 ドクン、ドクン。


 声に合わせて、工場の地響きが大きくなったように感じました。

 いいえ、違います。

 これは私の心臓の音? それとも、この迷宮の奥にある「何か」の鼓動?


「……マシロ? どうした」


 ヴェールさんが怪訝な顔で振り返りました。

 私はハッとして、首を振ります。


「……いえ、なんでもありません。ただ、少し目眩がして」


「顔色が悪いぞ。……さっきのことが堪えてるのか」


 彼は少し言い淀んでから、不器用な慰めを口にしました。


「気にするなとは言わねえ。だが、お前がやらなきゃ俺たちは死んでた。それだけの話だ」


「……はい」


 私は曖昧に頷きました。

 言えません。

 殺してしまった罪悪感よりも今、奥から聞こえる「甘い誘惑」に、胸が高鳴ってしまっているなんて。


 視界の端、蒸気の隙間から見える工場の最深部。

 そこにある巨大な高炉の隙間から、ドロドロとした赤い光が漏れ出しているのが見えました。

 あれが、アイゼンを助けるための結晶。

 いいえ、あれは――。


(……私の、心臓?)


 そんな奇妙な直感が、私の足を無意識に早めていました。

 怖いのに、近づかずにはいられない。

 まるで、迷子が母親の背中を見つけた時のように。

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