第3節:灰の上の晩餐、侵略の赤
灰色の世界は、どこまでも静かです。アイゼンを磨く布の擦れる音と、テオがスープを飲み干す音。それだけで、私の世界は満たされていました。
「なぁ、マシロ。アイゼンってのが動いたら、どこまで行けると思う?」
テオが、空になった缶を指で弄りながら尋ねます。私は、錆びついて沈黙を守る巨大な鉄の塊を見上げました。
「……どこまでも、行けますよ。きっと」
「そっか。……なら、俺も連れて行けよな。ここじゃない、もっとマシな飯が食える場所にさ」
それは、スラムで育った彼なりの、精一杯の夢でした。お菓子でもおもちゃでもなく、「マシな飯」。その切実な願いに、私は胸が締め付けられます。けれど、そのささやかな静寂は、地響きのような蹄の音によって踏み荒らされました。
廃工房の壁の隙間から、赤い光が差し込みます。村の入り口から現れたのは、目を刺すような、暴力的な『赤』でした。たなびく軍旗、騎士たちのマント、そして馬の装飾。色彩を独占する支配層の象徴。彼らは、生命力(色彩)として搾取する「徴収官」。
「……くそっ、今日かよ!」
テオが舌打ちをして、隙間から外を睨みます。ここから少し離れた広場では、灰色の村人たちが怯えたように道を開けていました。
馬上の男――燃えるような紅蓮の鎧を纏った徴収官が、冷酷な視線で村を見下ろしています。
「奉納の時間だ。この村の割り当ては、高純度の『赤』……ボトル三本分」
風に乗って聞こえてきた声に、テオの顔色が変わり、脱兎のごとく工房を飛び出しました。広場にいるのは、彼のお父さんです。
「……っ、テオ……!」
私も慌てて彼の背中を追いました。工房を出て、砂煙を上げながら広場へと走ります。息を切らして辿り着いた先で見たのは、残酷な現実でした。
「お、お待ちください。先月は土地の『白化』が進み、作物はすべて砂に……。食べることもままならぬ村人から、これ以上『色』を絞り出せば、全員死んでしまいます……!」
しかし、見下ろす徴収官は無表情に、巨大な注射器のような槍を構えました。
「言葉は不要だ。無ければ、その身から直接『濾過』するまで」
徴収官が、無造作に一人の男を指差しました。疲弊しきった顔。……テオの父親です。抜かれすぎた者は、灰みたいに崩れて砂になる――村の誰もが知っていること。
「親父……!」
「やめろッ!」
私の静止も届かず、テオが人垣をかき分けて飛び出しました。走りながら地面の石を拾い、渾身の力で徴収官へ投げつけます。
カランと乾いた音がして、石は赤い鎧に弾かれました。その瞬間、世界から音が消えたように感じました。
「……汚れたな」
徴収官の冷たい声。彼が腰の剣を抜く動作は、流れるように滑らかで、そして残酷でした。
「あ……逃げ……っ!」
喉が引きつり、私の叫びは形になりませんでした。閃いた銀光が、テオの小さな身体を斜めに切り裂きます。ドサリと重い音がして、テオが倒れ伏しました。直後、乾ききった灰色の地面に、どろりと溢れ出したのは。私の記憶の奥底で、何度も見たことがある――鮮やかすぎる、紅い、紅い、血の色でした。




