第5節:配線図の断片、あるいは反逆の鍵
アイゼンが、重い金属音を響かせて作業台から身を起こしました。眼に灯った深い青い光が、ゆっくりと工房の闇をなぞります。
彼は何も言わずに、ただ私の隣に立ちました。その巨大な影が私を覆うときだけ、私は自分がどこにいるのかを、わずかに実感できました。
「感傷に浸るのはそこまでになさい。……あまり時間がないわ」
ヴィオラさんが古い端末を叩くと、壁に複雑な配線図が浮かび上がりました。
「あんたたち、自分たちがどこから来たか分かっているの?」
「……わかりません」
私は答えました。わかりません。自分が何者で、どこで生まれたのか。私の記憶は、あの日、ゴミ捨て場でテオに拾われた時から始まっています。それより前のことは、ただ真っ白な、音のない景色が広がっているだけでした。
「……そう。本当に、何も入っていないのね」
ヴィオラさんは吐き出した紫の煙越しに、私のことを物珍しい機械でも見るような目で見つめました。
「あんたたちがいたのは、あの上――『色彩の塔』よ。300年前、私と姉さんが作った『箱舟』。本来は世界を救うための延命装置だったけれど、今のあそこはただの『搾取の檻』に成り果てている」
ヴィオラさんの指が、図面の一点を指しました。
「支配者の名は洋紅色。いえ、今は歌と名乗ってるわね。私の姉よ。あの子は、自分たちが生き延びるために、外界から彩を吸い上げるシステムを構築した。……そしてマシロ、あんたはその循環を維持するための、意志を必要としない部品として設計されたのよ」
「ぶひん……?」
初めて耳にする言葉でした。けれど、その冷たい響きは、私の空っぽな内側に驚くほど滑らかに馴染みました。自分の中に何もなかったのは、最初から何も持たされずに作られたから。そう言われれば、すべてに説明がつきました。
「歌は、劣化した部品を回収して、精製炉……そう星の炉に還したがっている。……あんたが塔に戻れば、そこで文字通り使い潰されて終わりよ。そのチビも、あんたを補完するための代替資材としてね。……少なくとも姉さんは、そういう勘定で数える」
ヴィオラさんは、リアの黄金の瞳を冷ややかに見据えました。
リアは「ざい……りょう?」と首を傾げ、不安そうに私の指を絡めとってきました。その指先から伝わる小さな鼓動さえ、歌にとってはただの「数値」に過ぎないのだという事実に、私の内側でかつてない冷たい感情が、静かに熱を帯びました。
私は、隣に立つアイゼンの鉄の指に触れました。「部品」だと言われても、ショックはありませんでした。ただ、この冷たい指に触れている時だけ、私が私としてここにいていいような、そんな気がしたんです。
「……私が、部品でも。アイゼンを直すのに私が必要なら、私はそれでいいです」
「……ふん。壊れた人形の言うことね。機能美だけは一丁前だこと」
ヴィオラさんは呆れたように肩をすくめましたが、多層レンズの奥にある瞳は、何かを確認するように鋭く光りました。
「いいわ、そのバグを貫きなさい。……まずは、塔の下層へ通じる『保守用搬入路』。そこまで案内してあげる」
「ヴィオラさんも、一緒に来てくれるんですか?」
私の問いに、彼女は首を横に振りました。
「勘違いしないで。搬入路で入れるのは下層までよ。中枢は『論理鍵』と『生体鍵』が揃わなきゃ開かない。……論理鍵――停止コードは、私の頭の中にある。だから私も行きたいけれど、この身体じゃ無理なのよ」
彼女は自嘲気味に、自分の足を――機械化された義足をコツコツと叩きました。
「この工房の設備がないと、私の義体は維持できないの。だから、私がここからあんたたちの『眼』になる。……私だけじゃ突破できないセキュリティを、あんたたちがこじ開けるのよ」




