第3節:執行猶予の半年(前編)
ヴィオラさんが指し示したのは、工房の中央に置かれた、分厚い鉄板を溶接して作られた無骨な作業台でした。
「ヴェール、手伝いなさい」
「……チッ、人使いの荒いババアだぜ」
ヴェールさんが毒づきながらも、アイゼンの大きな体を支えてくれました。私も彼の錆びついた腕を肩に回して、一歩ずつ、軋む足音を響かせながら彼を台へと導きました。
いつもは私を優しく守ってくれるその重みが、今はただの、動かなくなった鉄の塊の虚しさとして、私の胸に重くのしかかってきました。ヴィオラさんは迷いのない手つきで、アイゼンの胸にある隠しラッチをこじ開けました。
「……見ない方がいいわよ」
彼女の警告よりも、私の視線の方が早かったです。開かれた装甲の隙間にあったのは、かつての白銀の輝きではありませんでした。焦げたオイルの嫌な匂いと、煤にまみれて蜘蛛の巣みたいに震える配線。
そして、その真ん中にある、アイゼンの定着核。本来なら、私を安心させてくれる青い光を宿しているはずの場所。それが今は、ひび割れた黒い石のように、消え入りそうな明滅を繰り返していました。
「……ひどい……」
「ひどい? いいえ、これで動いていたのが奇跡なのよ」
ヴィオラさんが顔につけたレンズをカチャカチャと激しく回し、複数の配線をアイゼンの胸部奥深くへと繋ぎ込んでいきました。壁に映し出された青白いグラフが、悲鳴を上げるように激しく上下に揺れ動きます。
「魂定着率……12%。循環系のロスが全体の4割。……あきれた。この『機体』、設計されたのは箱舟計画の初期ロットよ。つまり、この外装だけは300年間、一度もメンテナンスを受けずに動き続けていたことになる」
「……さん、びゃく、ねん……?」
300年。私には、それがどれくらいの長さなのか想像もつきません。ただ、ヴィオラさんの重苦しい声の響きから、それが永遠に近い時間であることだけは分かりました。
「そうよ。……でも、中身は違うわね」
ヴィオラさんは、アイゼンの冷たい頬を痛ましげになぞりました。
「中の魂はまだ若い。せいぜい20年ほど生きただけの、ただの青年だわ。……あの子は、こんな若い命を300年前の錆びついた棺桶に押し込めて、中身が擦り切れるまで酷使し続けたのよ。……その結果がこれ。脱出するずっと前から、魂と鉄が癒着して、もう剥がれなくなってる」
「……そんな……」
アイゼンは、ただの動く鉄の塊じゃなかった。私と同じ、痛みを感じる誰かが、この冷たい箱の中で、出られないまま、ずっと叫び続けていたんです。
「そしてマシロ、あんたは逆」
ヴィオラさんの冷ややかな視線が、私に向けられました。彼女は作業台のモニターキーを叩き、そこに「ある通信記録のグラフ」を表示させました。
「これを見なさい。ここ数日、塔から全域に発信されている『特級捜索命令』の傍受ログよ」
そこには、無機質な文字列と共に、赤い波形が記録されていました。
『未燃焼の高純度燃料体の逃亡を確認。騎士団は直ちにこれを回収し、星の炉へ搬送せよ』
「……燃料体……?」
「そう。世界中があんたを探してる。お姫様だからじゃない。『薪』が逃げ出して、炉の火が消えそうだからよ」
私は、震える声で尋ねました。
「で、でも……私が落ちてから、もう一年も経っています。探しているなら、どうして今まで……」
「『灰』よ」
ヴィオラさんが短く答え、窓の外――地下街の上に広がる、厚い岩盤を指差しました。
「あんたが落ちた『灰の砂漠』。あそこは塔から最も遠く、色素濃度が極限まで薄い場所。……塔の探索波はね、色を媒介にして位置を特定するの。だから、色のない灰の中では、あんたの反応はずっとノイズに紛れて隠されていた」
彼女はモニターのグラフを指でなぞりました。一年間、ずっと横ばいだった波形。けれど、その端っこ――つい最近の日付で、波形が爆発的に跳ね上がっていました。
「でも、隠れんぼは終わり。……最近、そうねぇ、あんたは特大の『色』を使ったでしょう? 違う?」
ドクン、と心臓が跳ねました。灰の村で、テオに触れたあの日。
「あの瞬間、塔はあんたを見つけた。『あそこに燃料があるぞ』ってね。……もう逃げ場はないわ」
ヴィオラさんは、私の身体スキャンデータを冷ややかに見下ろしました。
「成分純度99.9%。あんたの身体構造は、生きるためじゃない。効率よく燃え尽きるためだけに調整されている」
彼女の言葉が、冷たい楔のように私の中に打ち込まれました。
「歌も限界なのよ。300年一人で塔を支えてきて、もう出力が足りない。だから『新品の予備電源』を作った」
「あんたが本来送られるはずだった場所は、塔の中層にある星の炉。色を搾り取って黄金に変える、ただの焼却炉よ」




