第1節:鉛色の朝、黄金の夢
目が覚めたとき、頬が濡れていました。
視界を埋め尽くすのは、穴だらけの錆びたトタン屋根。隙間から鉛色の空が覗いているのに、瞼の裏にはまだ焼き付いています。目が痛くなるほど鮮やかな、黄金色の世界が。
「……変な、夢」
指先で涙を拭います。夢の内容は、目が覚めると同時に砂のように崩れて消えてしまいました。覚えているのは「温かかった」という感覚と、誰かの名前を必死に呼んでいたことだけ。
誰、だったんでしょう。思い出せません。すごく大事な人だった気がするのに。
私は、冷たい無機質な床から体を起こします。ここは、村外れにある打ち捨てられた「廃工房」。
壁の隙間から見える外の景色は、まるで世界中からインクが抜けてしまったかのように、ひどく曖昧です。空も大地も、遠くを行き交う人々の顔色さえも。すべてが、漂白されたような土気色でした。ここ「灰の村」では、色鮮やかな夢を見ることはおろか、「生きている色」を目にすることさえ贅沢品なのです。
私は、窓ガラスに映る自分の姿を見つめます。透き通るような白、あるいは銀髪。色素の薄い肌。鏡の中の私は、外の景色と同じくらい、あるいはそれ以上に空っぽに見えました。私の中には、世界を彩るような「色」なんて、一滴も残っていない気がします。
朝食は、昨日と同じ「灰のパン」の残り。一口かじると、ジャリッという音が頭に響きます。味気ないです。けれど、このザラついた感触だけが、ここが現実なのだと教えてくれる気がしました。
パンを飲み込み、私は部屋の奥――天井が高くなった吹き抜けの場所へと向かいました。そこに、私の家族であり、秘密の友達が眠っています。
「――アイゼン」
崩落した屋根から差し込むわずかな光を浴びて、その巨体は静かに鎮座していました。私より大きな大きな、全身鎧の形をした鉄の塊。その装甲は、こびりついた油汚れと赤錆に覆われています。けれど、その赤錆こそが、この灰色の部屋で唯一、鮮烈な「色」を放っていました。
村の人々は、私たちのことを蔑みを込めて「塔の廃棄物」と呼びます。空から降ってきた不吉な鉄屑と、それにしがみついていた呪われた子供。それが、村における私たちの扱いです。
赤茶けた錆に覆われ、関節の隙間には砂が詰まり、ピクリとも動きません。だから村の大人たちは、彼をただの巨大なガラクタだと思って放置しています。でも、私だけは知っています。この分厚い鉄の奥底で、彼がまだ微かに「息」をしていることを。
指先を当てると、冷たさの奥に、ほんのわずかな震えがありました。風で揺れるような軽い振動じゃない。もっと規則的で、遅い――まるで、眠っている誰かの鼓動みたいに。
気のせいだと笑うには、私は何度も、同じ場所でそれを感じすぎていました。
「……おはよう。今日は少し、風が強いね」
私は誰にも見られないよう、そっと彼の巨大な指先に触れました。冷たい。氷のように冷たくて、ざらついています。
「でも、……あったかい」
一年前、震えていた私を、テオが見つけてくれたあの日。
大人たちが「不吉だ」と遠巻きにする中で、この腕の中だけが、唯一の安全地帯でした。
世界中が私を「不要な部品」として切り捨てても、彼だけは、私を守るように抱きしめたまま、離そうとしなかったのです。
私は自分の名前も、なぜここにいるのかも知りません。けれど頭の中には、誰かが勝手に書き込んだ『知識』だけが詰まっている気がします。思い出だけが空っぽの、分厚い百科事典みたいに。
私は懐から布切れを取り出し、彼の足元の装甲についた砂汚れを、丁寧に拭き取り始めました。脛のあたりには、古びた金属プレートが埋め込まれています。
A-15-EN――。ほとんど削れて読めませんが、かろうじて残っているその響きが好きでした。本当の意味なんて、わからないけど。
「昨日の夜ね、不思議な夢を見たの。……あなたが動いて、私を撫でてくれる夢」
苦笑しながら話しかけます。当然、返事はありません。音もしません。彼はただの鉄塊です。
――知っている。この鉄の腕の重さを、温かさを、私は知っている気がします。
拭いても拭いても、錆は落ちません。それでも私は、祈るようにその冷たい鉄を磨き続けました。




