第6節:極彩色の毒、闇市の洗礼
パンを食べて人心地ついたのも束の間。極彩色のネオンが降り注ぐ通りは、私たちのような余所者にはあまりに毒が強すぎました。
「おい、離れるなよ。お前らみたいな『上等な出で立ち』は、この街じゃ歩く金貨袋と同じだ」
ヴェールさんが面倒そうに、けれど鋭い視線を周囲に飛ばしながら歩きます。彼の言う通りでした。行き交う住人たちの濁った瞳が、獲物を狙うハイエナのように私たちを舐め回しています。特に、私の透けるような肌と、リアの無垢な輝きは、この泥にまみれた街では異質すぎて、目を惹きすぎるのです。
「……ヴェールさん、あれは?」
私は、ある露店に並べられた細い首と膨らんだ底部のガラス瓶を指差しました。中には、ドロリとした鮮やかな液体が揺れています。
「色素核だ。塔の配給を受けられないクズどもが、最後の一滴まで絞り出した『命の残り香』さ」
「売ってるの……? 人の命を」
「ああ、ここでは通貨と同じだ。……お前がアイゼンに注いでる『愛』とやらも、ここに並べれば一財産築けるだろうな」
ヴェールさんの冷笑が突き刺さります。命を売り買いする街。「色を分け与える」という行為が、ここではただの卑俗な商行為として成立している。その事実が私に重くのしかかりました。
リアがふいに袖を引きました。
「……おねえちゃん。あれ、きれい」
露店の端。埃と油にまみれたガラクタの間に、爪の先ほどの小石がいくつか転がっていました。蜜みたいな橙色が、ネオンの毒の中でも、消えずに小さく灯っている。
リアは息を止めるみたいにして、そっとしゃがみこみました。
「……あったかい色」
リアは小石を一つずつ指先で転がして、光の強いもの……いいえ、指先にじんわりと熱が残るものを、真剣な顔で選びます。
「これね、おねえちゃん。アイゼンさんの心臓とおなじ音がする」
リアは自分の胸を指差して笑いました。この石に「音」があるのなら、それはきっと……遠い昔に忘れ去られた、誰かの優しい祈りの音。
その瞬間、横から乾いた金属音がして、店主の手がひゅっと動きました。
「チッ」
ヴェールさんが苛立ったように舌打ちして、一番小さな銅貨を放り投げたのだと分かりました。
「それ、持ってけ。落とすなよ」
「……いいの?」
「ガキが黙るなら安い」
リアは、選んだ一粒を宝物みたいに両手で包み込みました。指の隙間から漏れる橙の光が、彼女の黄金の瞳に映って、いっそう柔らかく揺れます。
「黄金の……たからもの。おにいちゃん、ありがとう」
彼女はそう呟くと、胸元の布の内側――心臓の上に、そっと隠しました。
歩いていると、横から伸びてきた薄汚れた手が私の肩を掴もうとしました。
「へい、お嬢ちゃん。そんな鉄クズ連れて歩くより、俺と一緒に……ッ!」
――――しかし、その手が私に触れるより早く、銀光が走りました。
「……触るな、クソ野郎」
ヴェールさんの短剣の先が、男の喉元数ミリで止まっています。ヴェールさんの全身から、ヒリつくような殺気と、色漏症によるものとは違う「餓えた熱」が立ち上っていました。
「こいつらは、俺の所有物(商品)だ。指一本でも触れたら、お前の残りの色、全部俺の短剣で飲み干してやる」
男が悲鳴を上げて逃げ去るのを見届け、ヴェールさんは忌々しげに舌打ちをしました。振り返った彼の瞳に、先ほどまでの冷徹さはありません。どこか必死で、そして……酷く喉が渇いているような、そんな色をしていました。
「……行くぞ。親父の店で、不味いスープでも流し込む」
ヴェールさんの冷たい指が、一瞬だけ私の手首を掠めました。黒い痣に触れたはずのその指は、焼けるように熱く、そしてひどく震えていたのです。
(……この人も、怖いんだ)
略奪者としてではなく、明日をも知れない命を繋ぐひとりの人間として。彼もまた、この濁った色彩の渦の中で、溺れまいと必死に誰かの体温を求めているのだと、伝わってきました。




