第4節:鋼鉄の看板娘(?)
翌朝、階下の騒がしさで目を覚ました私が目にしたのは、耳を疑うような光景でした。
「へいらっしゃい! 地下闇市名物、不滅の鋼鉄兵だ! 写真を撮るなら一回、色素核一個分だぞ!」
酒場の店主が、あろうことかアイゼンを店の入り口に立たせ、客引きの道具にしていたのです。アイゼンの兜には、下品に点滅するピンク色のネオン管が巻き付けられ、その無骨な装甲には「本日のおすすめ:合成肉の煮込み」と書かれたボードがぶら下がっています。
「看板……? アイゼンが……?」
頭が真っ白になりました。アイゼンは、私のすべて。私の命を注ぎ、私の未来を削ってまで守り抜いている、高潔な騎士。それを、こんな、錆と安酒と、饐えた油の匂いがするスラムの客寄せにするなんて。
「……ねえ」
喧騒を切り裂くような大声ではありません。けれど、地を這うような私の声に、店主はピタリと動きを止めました。店主がアイゼンの肩に馴れ馴れしく置いていた肘を、払い落とすように私は歩み寄ります。
「あん? なんだ嬢ちゃん。こいつの連れか?」
「……私のアイゼンに……どうして、そんなことをするの……?」
私はゆらりと彼を見上げました。怒りで震える手を抑えながら、下品に明滅するピンクの光を指差します。
「いや、悪気はねぇんだ。ただ、こいつぁすげぇよ。ピクリとも動かねえし、威圧感がある。この無法者の街じゃ、『動かねぇ強さ』ってのは最高の看板なんだよ」
店主は悪びれる様子もなく、バンバンとアイゼンの装甲を叩きました。その音が、私の神経をヤスリで削るように響きます。
「……触らないで」
私は彼の手を冷たく振り払うと、無言でネオン管を引きちぎりました。バチバチッ、と火花が散り、安っぽい光が消えます。
「ああっ! 俺の商売道具が!」
「……アイゼンは、そんな安っぽい見世物じゃありません」
私は低い声で告げると、手首を黒く塗りつぶした右腕で、必死にアイゼンの装甲を拭いました。ついた手垢を、世俗の汚れを、すべて削ぎ落とすように。
(……汚い。こんな脂ぎった手で、彼に触れないで)
私の色だけが、彼に触れていいはずなのに。
「ごめんね、アイゼン。……汚されちゃったね。今、きれいにするから……」
涙目で彼を見上げます。私は懐から、かつて灰の街の片隅で見つけた、くすんだ青色のリボンを取り出しました。リアが髪に結んでいる「赤」とは対照的な、彼の瞳と同じ、静かな夜の色。震える手で、それをアイゼンの首元――冷たい装甲の隙間に結びます。
「……ん。こっちの方が、ずっといい。あなたは、私の騎士なんだから」
巨大な殺戮兵器に、小さなリボン。アンバランスだけれど、これなら「私の所有物」だと一目で分かります。私は熱っぽい吐息を漏らし、うっとりとその布地を撫でました。
「マシロ、お前なぁ……」
いつの間にか起きてきたヴェールさんが、階段の踊り場で呆れ顔をしていました。
「あっちの飾りにはブチ切れて、そっちの飾りはOKなのかよ。……ハタから見たら、どっちもどっちだぞ」
「……違います」
私はヴェールさんを振り返らず、アイゼンの装甲に頬をすり寄せながら、噛み締めるように呟きました。
「これは飾りじゃありません。……『繋ぎ止めておくためのもの』、なのです」
「……はいはい、重い重い。おい鉄屑、お前も大変なご主人様に拾われたな」
ヴェールさんの呆れた声。その時、ふと横を見ると、リアが目を輝かせてこちらを見ていました。
「わあ……! アイゼンさん、おしゃれ! おねえちゃんとおそろい?」
リアは私の銀髪と、アイゼンの青いリボンを交互に見て、嬉しそうに手を叩きます。
「……ええ。お揃い、リア」
私は、自分でも驚くほど穏やかな声で答えました。アイゼンの兜の奥、消えかかっていた青い灯火が、チカ、と一度だけ瞬いた気がしました。それはまるで、私の独りよがりな執着を、優しく受け流している溜息のようでした。




