第5節:白き掃除屋
「……ついてきな。教団の連中に見つからねぇ『裏ルート』を教えてやる」
ヴェールさんは短剣を懐にしまうと、顎で枯れた谷底を指しました。
私は彼と共に革紐を引き、岩肌を削る鈍い音を響かせながら、一歩ずつ谷底へ降りていきました。
谷底は、岩肌が剥き出しになった迷路のような場所でした。風が遮られているせいか、空気が澱んでいます。数分ほど歩いた時でした。
不意に、鼻をつく奇妙な匂いがしました。鉄錆とカビの匂いが充満するこの世界にはありえない、ツンとする薬品のような刺激臭。
「……何の匂いでしょう。これ」
「止まれ」
私の問いには答えず、ヴェールさんが鋭い声で制止しました。彼の背中が、明らかに強張っています。彼は舌打ちをし、道端の岩陰を指差しました。
「……見ろ。一番会いたくねえ奴が近くにいやがる」
恐る恐る、覗き込んだ私は――息を呑みました。
そこに、人がいました。いいえ、人の形をした「何か」が転がっていました。
それは、教団の兵士の死体でした。けれど、血が一滴も流れていないのです。着ている褐色の軍服も、肌も、髪の毛さえも、すべてが「真っ白」に脱色されていました。まるで、強力な漂白剤のプールに浸されたかのように、色という色が根こそぎ奪われ、ただの白い石膏像のようになって死んでいるのです。
「な、んですか……これ……」
「『白の掃除屋』だ」
ヴェールさんが、汚いものを見るような目で吐き捨てました。
「塔の上層から降りてくる、潔癖症の騎士団長サマだよ。あいつらは『汚れ』を許さない。教団だろうが暴徒だろうが、塔の規律を乱す奴は、こうして消毒して回るんだ」
消毒。その言葉が、これほど恐ろしく響く光景はありませんでした。
教団の兵士たちが叫ぶ「色を捧げよ」という熱狂的な狂気とは違う。ただ事務的に、ゴミを処理するように命を消し去る、冷徹な業務の痕跡。
(……嫌、だ)
なぜだか分かりません。けれど、この真っ白な死体と、鼻を突く薬品の匂いに、私は言いようのない嫌悪感を覚えました。
それは「死への恐怖」というよりも、もっと根源的な……自分が何かの「部品」として、冷たい机の上で洗われているような、薄ら寒い拒絶反応でした。
「……おい、急ぐぞ。死体からまだ消毒液の匂いがする。奴らは近くにいる」
ヴェールさんが早足で歩き出しました。
私は震える手で革紐を握り直しました。背後の荒野から、誰かが――真っ白な顔をした誰かが、音もなく私たちを見ているような気がして、背筋が粟立ちました。
(……逃げなきゃ)
教団の赤よりも、もっと恐ろしく無機質な「白」が迫っている。
その恐怖が、私の足を無理やり前へと進ませました。
第4章 「奪色者と白の狂信」 完




