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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
4章:奪色者(だっしょくしゃ)と白の狂信

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第2節:灰の雨、嗤(わら)う影

――ポツリ。

 頬に冷たいものが当たり、私は思わず立ち止まりました。見上げれば、荒野の空を覆っていた鉛色の雲から、灰色の雨が降り始めています。空気中の「白い灰」と混ざり合い、泥のように濁った雨です。


「……っ、急がなきゃ」


 アイゼンの装甲にこの雨が染み込めば、関節が錆びてますます重くなってしまいます。私は痛む肩に(むち)を打ち、視界の先に見えていた黒い穴――巨大な廃坑へと足を踏み入れました。


 カビと古い鉄の匂いが充満する坑道へ入った途端、私はついに限界を迎え、泥の上に崩れ落ちました。肩の革紐が外れ、解放された全身の筋肉が痙攣(けいれん)します。


「はぁっ、はぁっ……。リア、雨が止むまで……ここで休憩、しようね」


「ましろおねえちゃん……!」


 雨粒を追って外を見つめていたリアが、ハッとして私に駆け寄りました。彼女の小さな手が、私の肩にそっと触れようとして、止まります。

 革紐が食い込んでいた私の鎖骨は、皮が破れ、どす黒い血と泥がべったりと張り付いていました。


「いたいの……? おねえちゃん、血が、でてる……」


 リアの顔が、くしゃりと歪みました。彼女は自分のボロボロのスカートの裾を握りしめ、私の傷口と、地面に横たわるアイゼンを交互に見つめました。


「ごめんね……。リアが、ちいさいから。アイゼンさん、いっしょにもてないから……」


 ポタポタと、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちました。

 リアは震える小さな両手をアイゼンの巨大な足に押し当て、ぐぐぐ、と必死に押そうとします。もちろん、巨大な鉄塊が子供の力で動くはずもありません。それでも、「ごめんねぇ……」と泣きながら鉄を押す彼女の健気さに、私の胸は締め付けられました。


「リア……ありがとう。でも、いいの。これは私の……」


 愛の重さだから。

 そう言いかけた、その時でした。


――ヒュッ。


 風を切る音。次の瞬間、私の首筋に、氷のように冷たい金属の刃が突きつけられていました。


「……動くな。声を上げれば、お前もそのガキも殺す」


 低く、ひび割れた男の声。

 気配なんて、まったくありませんでした。まるで坑道の闇から滲み出たようなその声に、私の心臓が凍りつきます。


「大人しく『色』をよこせ。……俺も、長引かせたくはない」


 視線を動かすと、灰色のボロ布を(まと)った痩せぎすな青年が、私を見下ろしていました。

 髪も肌も色素が薄く、目の下にはひどく濃い隈が刻まれています。フードの奥の瞳は、飢えた獣のように虚ろで、それでいてひどく冷めきっていました。


 彼の手が、私の手首――生命力を奪うために、動脈を狙って伸びてきます。しかし、その手は空中でピタリと止まりました。青年の視線が、私の背後、泥に沈むアイゼンの巨体と、私の肩の生々しい傷跡に向けられたからです。


「……おい」


 青年の声が、一段低くなりました。先ほどまでの冷徹な略奪者の仮面が剥がれ、底知れぬ「困惑」を孕んだ声色に変わります。


「お前……まさか、その鉄塊を引きずってきたのか」


「……ええ、そうですが」


 青年は、ふっ、と短く息を吐きました。驚きというよりは、理解不能な狂気に遭遇した人間特有の、静かな拒絶反応でした。


「……正気かよ」


 彼は私から一歩後ずさりました。その視線は、私の右腕の袖口から覗く「(あざ)」を正確に捉えていました。


「その(あざ)……もう限界だろうが。手首を越えて、そこまで『黒』が回ってる。あと一歩間違えれば死ぬ。それなのに、なんでそんな鉄屑を捨てない?」


「……彼を運ぶのが、私の生きる理由ですから」


 私が静かに答えると、青年はひどく歪んだ表情を浮かべました。まるで、かつての自分、あるいは世界の残酷さを直視させられたような、痛みに満ちた顔。


「……生きる理由、ね。吐き気がするな」


 青年は、忌々しげにナイフの柄を握り直しました。

 震える彼の手。そこからは、陽炎(かげろう)のような揺らぎと共に、彼自身のいのちが、砂時計からこぼれる砂のように絶え間なく漏れ出しているのが見えました。甘ったるい、腐りかけた果実のような匂い。


(……色彩漏出(カラー・リーク)


 その言葉が、私の内側から自然と浮かんできました。どこで聞いたのか、誰に教わったのかも思い出せません。けれど、私は「知って」いました。

 目の前の男の魂にヒビが入り、そこから命が砂のように垂れ流しになっていることを。彼がこれほどまでに焦り、略奪に手を染めてまで「色」を求めている理由が、本能的に理解できてしまったのです。


「そんな重荷を背負ってちゃ、この世界じゃ生きていけねぇんだよ。……生きたまま腐るくらいなら、その『色』、俺に寄越せ」


 青年は、そう言いながら、奇妙な癖を見せました。

 彼は私にナイフを突きつけながらも、まるで「自分の罪」から逃れるように、わずかに視線を逸らし、目を伏せたのです。

 その横顔には、略奪者としての非情さではなく、そうしなければ一秒先さえ生きられない男の、深い疲弊が刻まれていました。

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