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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
3章 赤錆の救済

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第5節:鉄の咆哮

 死を覚悟して、目を閉じました。

 振り下ろされる銀光。私を「害虫」と断じた兵士の、感情の抜け落ちた瞳。

 ――来る。


 けれど、私の身体が切り裂かれる代わりに響いたのは。

 この世のものとは思えない、地を這うような咆哮(ほうこう)でした。


『……ゴ、ォア……ッ!!』


 それは、錆びついた肺胞が無理やり空気を吸い込む音。止まっていた巨大な時計の歯車が、錆を噛み砕きながら強引に回り出すような、生理的嫌悪を呼び起こす軋みでした。


「な、なんだ……!? 」


 剣先が、私の喉元数センチで止まります。

 私の背後。台車の上で、ただの鉄塊だったはずのアイゼンが、巨大な右腕を――ゆっくりと、確実に持ち上げていたのです。


 ドクン。

 右腕の黒い(あざ)が、今までになく激しく脈打ちました 。恐怖ではありません。私の生存本能が、彼を求めたのです。

 熱い。骨が軋むほどに熱い。触れていない。それなのに、私の内側にあるいのちが、目に見えない管を通って彼へと流れ込んでいく感覚がありました。


「アイゼン……動くの? 私を……守って、くれるの……?」


 答えはありません。

 ゴリ、ゴリ、と。関節の錆を削り落とす不快な音を立てながら、彼は台車からその巨体をずり落としました。


 ドォォォォンッ!!


 巨大な鉄の塊が、ただ着地しただけ。それだけで石畳は砕け、土煙が舞い、周囲の兵士たちは嵐に遭った木の葉のようにたじろぎます。


「異端の……自動人形か!? 控えよ! 我らは(とう)執行者(しっこうしゃ)だぞ!」


 リーダー格の兵士が叫び、剣を構え直しました。その時――私の視界から、フツリと色が消えました。

 灰色の石畳が、白に。兵士の鎧が、輪郭だけの影に。リアの銀髪が、薄い霧のように透けていく。

 世界から、彩度が一枚ずつ剥がされていくような感覚。それと引き換えに、アイゼンの錆びついた鉄兜がゆっくりと上がり――暗い眼窩(がんか)の奥に、消え入りそうな『青い灯火』が灯りました。


(……ああ、知っている)


 あれは、私の色だ。私の体温。私の記憶。私が、私であるための何か。それが今、あの鉄塊の中で燃えている。


「ひ……ひぃっ……!」


 兵士の悲鳴が、遠くで泡のように弾けました。

 アイゼンは、逃げようとした兵士の胸倉を、巨大な五指で無造作に掴み上げます。避けない。躊躇しない。かつて彼の中にあった「教団への忠誠」は、私の色によって塗りつぶされ、今はただ――私を守るためだけの、歪んだ守護本能に変質していました。


 ミシミシ、と。骨の砕ける音が、広場に響きます。


「……あ、が……っ!!」


 その瞬間、右腕に、かつてない衝撃が走りました。

 焼けた鉄を、直接血管に流し込まれたような激痛 。黒い(あざ)がミチリと音を立て、手首を完全に飲み込み、その先の白い肌へと這い上がってくるのが見えます 。

 進行した部位の感覚が急速に薄れていく不気味な感触 。呼吸をするたび、肺の奥でガラス片が暴れるような痛みが走りました。


「ましろおねえちゃん……? おねえちゃん、おかお、まっしろだよ……?」


 リアの小さな手が、私の頬に触れました。けれど、その温かささえ、今の私には「アイゼンに与える燃料」にしか感じられない。


「……こないで。リア……」


 私は彼女を突き飛ばすようにして、地面に崩れ落ちました。石畳に散った吐血だけが、色を失った世界で、異様に鮮烈でした。

 その時――広場の向こうから、足音が押し寄せてきます。


「異端者を包囲せよ!」

「自動人形を鉄くずに変えろ!」


 十人以上の兵士が、槍を構えてなだれ込みました。だめだ。私のいろの残量では、これ以上――。


「……アイゼン……」


 力なく呟いた、その時でした。私の足元で震えていたリアが、ふらりと立ち上がったのです。


「だめ……!」


 止められない。もう、何も。リアは私とアイゼンを守るように両手を広げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、兵士たちに叫びました。


「いじわるしないで! ましろおねえちゃん、わるくない!」


 甲高い声が、広場に響き渡ります。


「おにいさんたちも……色が、たりないの……?」


 ――ああ。なんて、残酷な言葉でしょう。

 リアは本気でそう思ったのです。この人たちがこんなに怒っているのは、色が足りなくて苦しいからなんだ、と。だから。


「アイゼンさん! おにいさんたちを……『きゅうさい』してあげて……!」


 彼女は、「きゅうさい」の本当の意味を知りません。ただ、痛みを消す魔法の言葉だと、信じただけ。

 リアの叫び。それはアイゼンにとって意味のある言語ではありません。けれど、彼女の指差す先には、明確な「敵意」がありました。そして何より、私の命が脅かされている。その事実だけで、彼が動く理由には十分でした。


 そして、アイゼンにとって――それは、殲滅命令でした。


『ガ……ルォォォォォォォォッ!!』


 咆哮(ほうこう)が、衝撃波となって広場を叩き潰します。アイゼンは近くにあった石造りの柱を、メリメリと音を立てて引き抜きました。それは、人間にとっては攻城兵器のごとき圧倒的な質量。


「撃て! 弓兵、撃てぇッ!」


 矢が雨のように降り注ぎ、装甲に弾かれます。次の瞬間。


 ズガァァァァァァァンッ!!


 投げ放たれた石柱(せきちゅう)が、兵士たちの密集地帯を押し潰しました。悲鳴すら、上がりません。白黒の世界に舞うのは、ただの黒い飛沫。


「わあ……!」


 リアが、無邪気に歓声を上げました。彼女には見えていないのです。飛び散ったのが「人」であることを。ただ、悪いお兄さんたちが「きゅうさい」されて、きれいな色になったことだけを喜んでいる。

 それが、リアの願った「きゅうさい」の結末でした。


 私は、嘔吐すらできませんでした。

 アイゼンは振り返り、膝をついた私の前に、片膝をつきます。血に塗れた巨大な両手が、壊れやすいガラス細工を扱うように、私とリアをそっと掬い上げました。


『ギ、ィ……』


 軋むような駆動音が、私にはどこか、名前を呼ばれたように聞こえました。

 (かぶと)の奥の青い灯火が、私を見下ろしています。熱い。私の命が、彼の中で燃えている。


「……ありがとう……アイゼン……」


 意識が、そこで途切れました。

 分厚い胸部装甲に頬を押し当てたまま、彼が私たちを抱え、壁を体当たりで粉砕し、夜の街へと駆け出していく振動を、遠い夢のように感じながら。

 沈んでいく意識の底で、私は確かに感じていました。冷たいはずの鉄の身体が、私の体温で――ほんのりと、温かくなっているのを。

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