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魔女は直したい。 〜動かなくなった鉄塊(あなた)と明日を迎えるため、私は世界を塗り替える〜  作者: wattamen
3章 赤錆の救済

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第4節:無垢なる指差し

「……ねえ、おねえちゃん」


 吐き気を堪える私の腕の中で、リアが微かな声を上げました。


「しっ……! 静かに……」


 私は慌てて彼女の口元を手で覆おうとしました。けれど、リアの視線は私を見ていませんでした。その大きな瞳は、広場の中央、ガラス管の中で揺らめく鮮血の赤に釘付けになっていました。


「あれ、きゅうさい? 救済(さるべーしょん)? っていうんだよね?」


 リアが、うっとりとした声で囁きます。その瞳は、まるで夢を見ているように虚ろで、けれど熱っぽく潤んでいました。


「痛くないんだよね。……塔に色をあげて、みんなをたすけてるんだね。おとうさんとおかあさんが言ったとおりだ」


 リアにとってそれは、「いたいのが消える魔法の合図」くらいの意味しかありませんでした。


 違う。そんなのは詭弁だ。あれはただの搾取だ。そう叫んで否定したかったです。けれど、声を出せば見つかります。私は言葉を飲み込み、ただ首を横に振ることしかできませんでした。


 その、私の「否定」を、彼女はどう受け取ったのでしょう。リアは私の腕をすり抜け、ふらりと立ち上がりました。


「だめ、リア……!」


 喉の奥で悲鳴を殺し、伸ばした指先が空を切ります。止められませんでした。背中のアイゼンを支えるベルトが食い込み、ほんの一瞬、私の反応を遅らせたのです。


 リアは隠れ場所だった路地の影から、日向へと歩み出ていきます。まるで、誘蛾灯(ゆうがとう)に吸い寄せられる小さな虫のように。


 パシャ、パシャ。泥水を踏む音が、静まり返った広場にやけに大きく響きました。


「!」


 数人の兵士が、一斉に振り返ります。無機質な鉄仮面が、小さな少女を捉えました。


 終わった。私は絶望で目の前が真っ暗になりかけました。


 けれど、リアは止まりません。普段なら知らない大人を見ただけで私の後ろに隠れる彼女が、今は恐怖を感じていないようでした。彼女の網膜には、兵士ではなく、彼らが持つ「美しい赤」しか映っていないのです。


「おにいさん」


 リアは兵士の目の前まで歩み寄ると、その忌まわしい液体を指差しました。


「それ、すごくきれいね」


 時が止まったようでした。(ひざまず)いていた街の人々も、処刑を行っていた兵士たちも、全員がリアを凝視しています。


 兵士たちの姿は異様でした。純白の法衣に、返り血のような赤い甲冑。そして何より、その(かぶと)には目も口もありませんでした。のっぺらぼうの滑らかな鉄仮面に、ただ一本、赤いラインが縦に走っているだけ。その無機質なデザインが、彼らの人間性を完全に塗りつぶしていました。


 私は、右手の(あざ)を握りしめ、いつでも飛び出せるよう身構えました。殺される。あるいは、さらわれる。次の瞬間、兵士が剣を抜けば、私はアイゼンを捨ててでもリアを庇うつもりでした。


 しかし。


「……ほう」


 兵士は、ゆっくりとリアの前に片膝をつきました。その仕草は、驚くほど優しく、慈愛に満ちて見えました。彼は革手袋に包まれた手で、リアの頭をそっと撫でたのです。


「幼き者よ。この『赤』の尊さが理解できるか」


「うん。キラキラしてて、あったかそうで……とってもきれい」


 リアの言葉に嘘はありません。この灰色の世界で生まれ育った彼女にとって、あんなにも鮮烈な色彩を見るのは初めてだったはずです。だからこそ、その感想はあまりにも無垢で、残酷なほどに真実でした。


 兵士の鉄仮面の奥から、安堵したような吐息が漏れます。彼は、まるで迷子を諭す聖職者のような穏やかな声で、言いました。


「……よい子だ。信心深い両親に育てられたようだな」


 その言葉を聞いた瞬間。私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちました。


 怒りではない。恐怖でもない。もっと根源的な、吐き気を催すほどの嫌悪感。

 彼らは、化け物ではありません。子供の感性を肯定し、頭を撫でる「優しさ」を持った人間なのです。だからこそ、どうしようもなく――救いようがありません。


「あ、そうだ! まっててね!」


 褒められたことが嬉しかったのでしょう。リアが兵士の手をすり抜け、クルリと振り返りました。そして、路地の影に潜む私の方に向かって、輝くような笑顔で指を差したのです。


マシロ(ましろ)おねえちゃーん! こっちきて! 色をわけてくれるって!」


 心臓が、早鐘を打ちました。やめて。呼ばないで。私の心の叫びは届きません。リアは無邪気に、兵士の甲冑の裾を引いて説明を始めました。


「あのね、あそこに『アイゼンさん』がいるの。色がたりなくてうごけないの。……ずっとつめたくてかわいそうだから、『きゅうさい』してあげて?」


 広場の空気が、一瞬で凍りつきました。慈愛に満ちていた兵士の顔――その赤いスリットが、ゆっくりと、リアの指差す先へ向けられます。


「……アイゼン、だと? まだ救済の対象がいたのか」


 兵士が低い声で呟きます。私は観念して、アイゼンの台車を押しながら、ゆっくりと姿を現しました。隠れていても、すぐに引きずり出されるだけです。


「……申し訳ありません。その子は、まだ何も分かっていないのです」


 震える声で弁明し、頭を下げます。しかし、兵士たちの視線は私を通り越し、その背後にある巨大な影に釘付けになっていました。


「なんだ、その……冒涜(ぼうとく)的な鉄塊は」


 兵士の声色が、一変しました。さきほどリアに向けられていた「優しさ」は消え失せ、そこにあるのは汚物を見るような、底冷えする嫌悪だけでした。


「色は生命。灰は死。……ならば、その『動かぬ鉄』は、生命への侮辱だ」


 チャキ、と硬質な音が鳴ります。兵士たちが一斉に、腰の剣に手をかけました。


「ひ……っ」

「お、おにいさん……?」


 リアが怯えたように後ずさります。彼女には理解できないのです。どうしてさっきまで優しかった人たちが、自分の「お願い」を聞いて急に怖い顔をするのかが。


「子供は保護せよ。だが――」


 リーダー格の男が、無慈悲に宣告しました。


「その薄汚れた女と、鉄屑スクラップは処理しろ。我らの聖域に、異物は不要だ」


 殺気が、物理的な圧となって肌を刺します。話が通じません。彼らにとって、リアは「救うべき子羊」ですが、私とアイゼンは「排除すべき害虫」なのです。その線引きはあまりにも残酷で、明確でした。


「逃げて、リアッ!!」


 私は叫びながら、台車のブレーキを蹴り上げました。戦う? 無理だ。相手は武装した兵士が五人。こちらはボロボロの私と、動かない鉄塊ひとつ。勝機なんて万に一つもありません。それでも、私はアイゼンの巨体を盾にするようにして、リアの元へ走りました。この子だけは、守る。渡さない。それだけが、今の私を突き動かす唯一の「色」でした。


「愚かな」


 兵士が侮蔑と共に剣を振り上げます。その切っ先が、私の喉元へと迫った――その時です。


『………………ヴォン、ッ……』


 背後で。軋むような、地響きのような音がしました。

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