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第三部・第7話 小さな事故

事故は、

本当に些細なところから起きた。


文化祭準備二日目の午後。

観測・保留クラスは、

展示スペースの設営を進めていた。


模造パネル。

説明用の簡易端末。

来場者が触れても問題のない体験コーナー。


どれも、

戦場とは無縁の作業だ。


「……よし、

 このパネル、

 ここで固定しよう」


桐谷恒一が、

生成した軽量素材の支柱を立てる。


強度は十分。

出力も抑えている。

設計上、

何の問題もないはずだった。


はずだった。


「ちょっと待って」


声を上げたのは、

相馬ユウだった。


RPGアバターの操作感覚で、

配置シミュレーションを回している。


「この導線、

 人が集中すると

 ぶつかる可能性ある」


「大丈夫だろ。

 ここ、広いし」


桐谷が言い返した瞬間。


——パキン。


乾いた音がした。


支柱の一部が、

不自然な角度で歪む。


「え?」


次の瞬間、

パネル全体が

ゆっくりと傾き始めた。


「下がって!」


誰かが叫ぶ。


影野蒼汰は、

反射的に一歩前に出た。


意味はない。

能力は発動しない。

好感度も、

何も変わらない。


それでも、

身体が動いた。


ガンッ、

という鈍い音。


パネルは床に倒れ、

角が影野の腕をかすめた。


「……っ」


血が、

わずかに滲む。


「大丈夫か!?」


「医務室呼ぶ!」


騒ぎになる。


だが、

怪我は軽い。

かすり傷だ。


それでも、

教官はすぐに現れた。


「全員、作業中断」


声は冷静だが、

速い。


「原因を確認する」


原因は、

能力の“癖”だった。


桐谷の物質生成は、

設計理解度に依存する。


支柱の内部構造。

普段なら問題にならない曖昧さ。


だが、

人が触れる前提の構造物としては、

ギリギリだった。


「……戦場なら、

 問題にならない」


桐谷が、

ぽつりと言う。


「壊れても、

 敵に当たるだけだから」


教官は、

それを否定しなかった。


「そうだな」


そして、

続ける。


「だからこそ、

 ここでは問題になる」


沈黙が落ちる。


神崎紫陽は、

その様子を黙って見ていた。


事故自体は小さい。

誰も重傷を負っていない。


だが、

引っかかるものがある。


——ここは、

“安全な場所”のはずだ。


出力制限。

監督。

ルール。


それでも、

能力はズレる。


「……戦争じゃなくても、

 事故るんだな」


紫陽が呟くと、

隣にいた紬が

小さく頷いた。


「能力って、

 使う場所を選ばないんですね」


その言葉は、

静かだが重かった。


影野は、

医務室の椅子に座っていた。


消毒を終えた腕には、

白いガーゼが巻かれている。


「本当に、

 大したことないから」


そう言っても、

教官は記録を取る。


軽傷

能力未発動

行動理由:不明


不明。


それが、

影野の評価だ。


だが、

一つだけ違った点がある。


端末の数値が、

ほんのわずかに動いていた。


現在実効値:

ほぼゼロ → ゼロ未満(誤差範囲)


意味のない変動。

誰も気にしない。


影野自身も、

気づいていない。


作業は、

その後再開された。


今度は、

全員が慎重になった。


声を掛け合い、

確認を増やし、

無駄に時間をかける。


文化祭準備は、

明らかに遅れた。


だが、

誰も文句は言わない。


「……このくらいで

 済んでよかったな」


誰かが言う。


紫陽は、

その言葉に

違和感を覚えた。


——済んでいない。


ただ、

見逃されただけだ。


小さな事故。

小さな怪我。


それは、

能力が日常に溶け込んだ時、

必ず起きる歪みの前兆だった。


文化祭は、

戦争から目を逸らすためのものだ。


だが、

能力は、

目を逸らしてくれない。


紫陽は、

倒れたパネルの跡を見つめながら思う。


——安全圏なんて、

最初からなかったんじゃないか。

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