第三部・第4話 何も起こらない
影野蒼汰は、評価会議の後も同じ席に座っていた。
周囲の生徒たちは、
点数が出た者同士で小さな輪を作ったり、
条件付き採用の内容について教官に詰め寄ったりしている。
誰もが、
自分の“数値”と向き合わされていた。
だが、
影野蒼汰だけは違った。
彼の前の端末には、
最初から最後まで、同じ表示が出続けている。
生徒ID:K-071
能力分類:好感度増幅
現在実効値:ほぼゼロ
備考:観測継続
それ以上、
何も更新されない。
影野はそれを、
ただ眺めていた。
別にショックを受けた様子もない。
怒っているわけでも、
落ち込んでいるわけでもない。
最初から、
こうなることを予想していたような顔だった。
「……次、移動だって」
後ろの席から声がする。
影野は、
少し遅れて立ち上がる。
廊下に出ると、
クラス分けの案内が始まっていた。
Aクラス。
Bクラス。
補助特化クラス。
前線候補。
名前が呼ばれるたびに、
人が減っていく。
「桐谷恒一」
「速水陸」
「相馬ユウ」
呼ばれた者たちは、
多少なりとも安堵した顔で移動していく。
影野の名前は、
呼ばれない。
一度も。
教官の一人が、
端末を確認しながら首を傾げる。
「あれ、
この生徒……どこに入れる?」
別の教官が、
ちらりと影野を見る。
「好感度依存のやつか」
「ああ……」
その一言で、
話は終わった。
「とりあえず、
保留枠で」
「連携訓練は?」
「無理だろ。
今は」
影野は、
そのやり取りを聞いていた。
聞こえていないふりをするほど、
器用ではない。
だが、
聞こえたところで、
何も言えなかった。
午後の連携訓練。
グラウンドでは、
簡易的な模擬戦が始まっている。
能力を使い、
役割を分担し、
短時間で目標を制圧する訓練。
影野は、
その端で立っていた。
「……えっと、
君の能力って何だっけ?」
初めて、
誰かが話しかけてきた。
同じクラスの生徒。
名前は、覚えていない。
「……好感度が、
上がるほど強くなる」
影野は、
それだけ答えた。
相手は一瞬、
言葉に詰まる。
「あー……
じゃあ、
今回は見学でいいかな」
責める口調ではない。
むしろ、
気を遣っている。
それが、
余計にきつかった。
「……うん」
影野は、
小さく頷いた。
訓練が始まる。
誰かが前に出て、
誰かが支援して、
誰かが倒れる。
能力が噛み合った瞬間、
歓声が上がる。
影野の能力は、
一度も発動しない。
好感度が、
一つも動かない。
訓練後。
端末が、
静かに更新される。
観測結果:
能力発動なし
原因:前提条件未達
影野は、
それを見て、
ほんの少しだけ苦笑した。
「……だよな」
誰にも聞こえない声。
能力が弱いわけじゃない。
理論上は、
強すぎるくらいだ。
ただ、
前提条件が、
自分には重すぎただけだ。
誰かに好かれること。
信頼されること。
自然に関係を築くこと。
それができていれば、
ここにはいない。
夕方。
校舎の影が、
長く伸びる。
影野は、
一人でベンチに座っていた。
その前を、
神崎紫陽と神崎紬が通り過ぎる。
二人は、
何かを話している。
内容は聞こえないが、
距離が近い。
影野は、
目を逸らした。
羨ましいとも、
妬ましいとも思わない。
ただ、
自分には無理だと、
分かっているだけだ。
端末が、
一度だけ小さく震えた。
誤作動かと思って、
影野は画面を見る。
表示は、
変わっていない。
現在実効値:ほぼゼロ
何も起きていない。
今日も、
何も起こらなかった。
それでいい、と
影野蒼汰は思った。
何も起こらないなら、
失うものもない。
この学園で、
彼はまだ——
存在していないのだから。




