第三部・第1話 学園という名の前線
世界は、まだ息を止めたままだった。
ステイラとの戦争は終わっていない。
ただ、膠着しているだけだ。
固有魔法使いの追加投入。
異世界連合による静かな圧力。
そして、いつ再び本気で踏み込まれてもおかしくないという現実。
各国は理解していた。
——このままでは、持たない。
被害はすでに十分すぎるほど出ている。
成人の能力者だけで前線を回すには限界があり、
しかも能力というものは、必ずしも年齢や経験に比例しない。
むしろ、
歪で、偏っていて、
扱いづらい能力ほど、
若年層に集中して発現する傾向があった。
だから世界は、
一つの賭けに出た。
育てる。
戦場で即席に使い潰すのではなく、
連携させ、欠点を補い、
「使える形」に整える。
そうして設立されたのが、
超能力専門学校という、
あまりにも率直で、
あまりにも覚悟のいる施設だった。
神崎紫陽は、校門の前に立っていた。
白いコンクリートの建物。
元は地方大学だった敷地を、そのまま流用しただけの外観。
だが、
敷地を囲む警備線、
屋上に配置された監視装置、
空を巡回する無人機の数が、
ここが“通常の教育機関ではない”ことをはっきり示している。
「……前線だな、これ」
紫陽がそう呟くと、
隣に立つ妹——神崎紬が、小さく頷いた。
「学校、ですよね。一応」
「名目上はな。
実態は、戦力育成と時間稼ぎ」
言葉にすると冷たいが、
それが現実だった。
紬は制服の袖を整えながら、
周囲を一度だけ見回す。
視線は無意識に、
人の動きと、時間の流れを追っている。
能力の癖は、
簡単には抜けない。
「……兄様」
一瞬、そう呼びかけて、
彼女は言葉を止めた。
まだだ。
その呼び方を選ぶのは、
もっと明確な覚悟が決まってからだと、
紬自身が決めている。
校内に足を踏み入れると、
すでに多くの生徒が集められていた。
年齢はばらばら。
服装も、雰囲気も、立ち位置も統一感がない。
ただ一つ共通しているのは、
全員が能力者であり、
そして——
戦力として数えられているという事実だった。
掲示板には、
大きな文字でこう書かれている。
【評価会議・第一次選別 本日実施】
「初日から、か」
紫陽が息を吐くと、
どこか投げやりな声が返ってきた。
「まあ、効率重視だろ」
振り向くと、
手元で何かを操作するように、
無意識に指を動かしている男子生徒がいた。
「相馬ユウ。
RPGアバター系」
短い自己紹介。
それ以上踏み込む気はなさそうだ。
少し離れた場所では、
ランドセルを背負った小さな少女が、
無言で周囲を観察している。
年齢だけが明らかに浮いているが、
その視線は異様に冷静で、
人の動きを一つ一つ記録しているようだった。
そして——
紫陽の目が、
会議室の端に座る一人の生徒を捉える。
影野蒼汰。
名前を知らなければ、
存在にすら気づかないだろう。
誰とも目を合わせず、
誰とも話さず、
ただそこに“いる”だけ。
好感度が上がるほど強くなる能力。
理論上は強力だが、
現状では何一つ積み上がっていない。
「……始まるな」
紫陽は、静かにそう告げた。
評価会議。
クラス分け。
連携試験。
それは学園生活の始まりであり、
同時に——
講和に持ち込むための、
長い準備の始まりでもある。
この学園が、
未来を守る切り札になるのか。
それとも、
異世界にとっての“割に合わない存在”として、
見切りをつけさせる材料になるのか。
答えは、まだ出ていない。
第三部は、
終わっていない戦争のただ中から、
静かに幕を開ける。




