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第二部・最終話 兄様、と呼ぶ理由

夜だった。


特別な警報も、

緊急の連絡もない。


窓の外では、

車が通り、

誰かが笑い、

世界は完全に日常へ戻っている。


主人公は、

リビングの椅子に座っていた。


戦場の後の疲労ではない。

能力の反動でもない。


**“役目が終わったあとの空白”**が、

まだ身体に残っているだけだった。


キッチンから、

足音がする。


妹だ。


「……おかえり」


いつも通りの声。

いつも通りの距離。


「ああ」


主人公も、

それ以上は何も言わない。


二人は、

しばらく沈黙したまま

同じ空間にいる。


それは、

これまでと何も変わらない光景だった。


だが。


妹は、

一度だけ

小さく息を吸った。


「……ねえ」


主人公が、

視線を向ける。


妹は、

まっすぐこちらを見る。


逃げない。

誤魔化さない。


「……今日から」


一拍。


「兄様」


その呼び方が、

空気を切り裂いた。


主人公は、

すぐに反応できなかった。


「……は?」


驚きではない。

怒りでもない。


理解が、

一拍遅れただけだ。


妹は、

目を逸らさない。


「間違いじゃないよ」


「……選んだの」


主人公は、

立ち上がりかけて、

止まる。


「やめろ」


声が、

低くなる。


「そんな呼び方、

 する必要ない」


「……あるよ」


妹は、

静かに否定した。


「強くなるためには」


その言葉で、

主人公は

嫌な予感を覚える。


「……説明しろ」


妹は、

少しだけ

間を置いた。


「私の能力」


「正式名称は、

 まだ決まってない」


「管理側では、

 “自己役割固定型・超高補正”

 って呼ばれてる」


主人公は、

黙って聞く。


「能力の取得条件は、

 ランダム生成だった」


「だから、

 最初は

 私にも内容が分からなかった」


妹は、

自分の胸に

手を当てる。


「条件は一つだけ」


「“兄を、

 絶対的な上位存在として

 認識し続けること”」


「言葉だけじゃない」


「態度、

 距離、

 思考」


「全部、

 それに合わせて

 固定される」


主人公の表情が、

硬くなる。


「……つまり」


「私が、

 “妹らしく”

 振る舞ってる間は」


「能力補正は、

 ほぼ発動しない」


「でも」


妹は、

はっきり言った。


「“お嬢様的な妹”として

 兄様に仕える行動を取るほど」


「身体能力、

 反応速度、

 判断力、

 耐久力」


「全部が、

 天井知らずに

 底上げされる」


「……バカな」


主人公は、

声を荒げる。


「そんなの、

 デメリットだろ」


「人格を、

 縛ってる」


妹は、

小さく笑った。


「うん」


「最悪のデメリット」


「だから、

 今まで

 使わなかった」


「“兄ちゃん”って呼んで、

 対等でいようとした」


「それで、

 十分だと思ってた」


一拍。


「……でも」


妹の声が、

わずかに低くなる。


「世界は、

 兄様を

 何もなかったことにした」


「英雄にも、

 危険人物にも

 しなかった」


「だからこそ」


「次は、

 家族が選ばなきゃ

 いけない」


主人公は、

言葉を失う。


「……私が弱いままだと」


「また、

 兄様が

 一人で行く」


「止められない」


「……嫌なの」


妹は、

一歩、前に出る。


「強さを、

 選ぶ」


「そのために、

 この呼び方を

 選んだ」


「兄様、

 私は」


「守られる妹じゃなくて、

 “強い妹”になる」


沈黙。


主人公は、

長く息を吐く。


怒るべきか。

止めるべきか。


だが。


自分が、

世界のために

同じ選択を

何度もしてきたことを

思い出す。


「……ずるいな」


小さく、

そう呟いた。


「俺が、

 選んできたことを」


「今度は、

 お前が

 同じ目で選ぶのか」


妹は、

はっきり頷く。


「うん」


「兄様が

 そうだったから」


主人公は、

目を閉じる。


そして、

一度だけ

妹の頭に

手を置いた。


「……後悔するぞ」


「後悔するよ」


「それでも、

 選ぶ」


手が、

離れる。


主人公は、

背を向けた。


「……好きにしろ」


「ただし」


振り返らずに、

続ける。


「俺より先に、

 壊れるな」


妹は、

静かに微笑んだ。


「はい、

 兄様」


その呼び方は、

もう冗談じゃない。


能力のトリガーとして、

 覚悟の言葉として、

 世界に対する宣言として

発せられたものだった。


夜は、

静かに更けていく。


世界は、

何もなかったことにした。


だが、

この家の中では。


“強さを選んだ妹”が、

 確かに誕生していた。

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