第9話 縛る条件を、紙に書いた
夜だった。
正確には、夜という概念がまだ残っている時間帯だった。
空は暗いが、どこかで炎が上がっているせいで、完全な闇にはならない。
指揮所の簡易照明が、紙の上に影を落としている。
俺は、机に向かっていた。
スマホでも、スキル画面でもない。
紙とペンだ。
理由は単純だった。
スキル編集画面を直接見ていると、どうしても「最適解」を探してしまう。
数字。効率。還元率。
それらを考え始めた瞬間に、また同じ失敗を繰り返す気がした。
だから、紙に書く。
考えを、外に出す。
紙の上部に、太く一行。
「重い制約案」
自分で書いて、少しだけ笑った。
重い、という言葉を、こんなに真面目に考える日が来るとは思っていなかった。
ペンを止め、深く息を吸う。
軽い制約は失敗した。
それはもう、はっきりしている。
幸運を狭めた結果、世界は優しくなったわけじゃない。
歪み方が分かりやすくなっただけだ。
つまり、この能力は――
「どれくらい影響を与えるか」ではなく、
「どこに責任を集中させるか」を選ばされる。
なら、次は。
一つ目の候補を書いた。
・発動条件を“戦闘時のみ”に限定する
一見、まともだ。
幼馴染もやっている。
常時発動より、制御しやすい。
だが、すぐに×を付けた。
戦闘の定義は曖昧だ。
この世界では、避難所も、治療現場も、いつ戦場になるか分からない。
条件が曖昧な制約は、また抜け穴になる。
軽い。
これは、軽い制約だ。
二つ目。
・発動回数を制限する
一日何回まで。
あるいは、一回発動したら一定時間無効。
悪くない。
だが、これも違う。
幸運が切れている間、俺はどうなる?
何も持たない、ただの一般人だ。
それは、
「自分が死ぬ可能性を上げる制約」であって、
「周囲を削らない制約」ではない。
俺が死ぬか、
周りが削れるか。
二択にしてはいけない。
ペン先が、止まる。
紙は、白い。
思ったより、候補が出てこない。
それだけ、この能力が厄介だということだ。
ふと、
幼馴染の姿が頭に浮かんだ。
脚を貫かれ、腹をやられ、それでも仲間を庇った背中。
「正しい判断」をして、削られた結果。
回復能力者の女。
震えながら、できる限界までやって、倒れた姿。
誰も、間違っていない。
誰も、怠けていない。
削られているのは、
いつも「前に出たやつ」だ。
なら。
俺は、前に出ていない。
それが、問題なんじゃないか。
ペンを強く握る。
三つ目の候補。
・幸運の効果対象を“自分以外”に限定する
書いた瞬間、手が止まった。
――それは、
俺が幸運の恩恵を受けない、という意味だ。
助からないかもしれない。
避けられないかもしれない。
瓦礫は、今度こそ俺を潰すかもしれない。
でも。
もしそうなら、
俺が生きるために、誰かが削られる必要はなくなる。
喉が鳴る。
これは、重い。
明確に、重い制約だ。
さらに書き足す。
・悪運の発動条件を“致命傷限定”から“不可逆な死亡限定”に変更
つまり、
死ぬ寸前でも、助からない。
本当に、
「死が確定する瞬間」だけ。
それまでは、
痛みも、後遺症も、全部受け取る。
紙の上が、
一気に現実味を帯びた。
これなら、
俺は削られる側に回る。
今まで、
周囲に分散していた代償が、
一気に俺に集まる。
最後に、
天運についても書いた。
・天運は自動発動のまま、使用後の反動を明確化
具体的には、
「一定期間、他の運系スキルが完全停止」。
天運で奇跡を起こした後、
俺はただの人間以下になる。
守られない。
避けられない。
帳尻は、必ず俺が払う。
ペンを置く。
紙を見下ろす。
そこに並んでいるのは、
“賢い調整案”じゃない。
どれも、
「生き残りづらくする条件」だ。
でも。
これなら、
回復能力者が削れた理由を、
俺が肩代わりできる。
これなら、
幼馴染が前に出るたび、
俺だけが安全な場所にいるという歪みを壊せる。
「……重いな」
独り言が、
やけに現実味を持って落ちた。
スキルポイントが、どれだけ戻るかは分からない。
多分、今までとは比べものにならないくらい、戻る。
でも、
ポイントが欲しいわけじゃない。
俺は、
紙を折りたたんだ。
ポケットに入れる。
まだ、決めていない。
決めてはいけない。
これは、
一人で決めることじゃない。
そのとき、
指揮所の外がざわついた。
誰かが走る音。
通信の声。
「回復能力者、追加到着!」
「ただし……条件付きだ!」
俺は、立ち上がった。
紙の重さを、
ポケット越しに感じながら。
次は、俺が削られる番だ。
そう、はっきり分かっていた。




