第二部・第44話 何も、なかったことにする
処理は、
驚くほど静かに始まった。
記者会見は、
開かれない。
声明も、
出されない。
ただ、
内部の通達が
淡々と回る。
【対象事案:未定義現象】
【分類:自然要因の可能性を否定せず】
【関連性:確認されず】
誰も、
「時間」という言葉を
使わなかった。
死亡事案は、
個別に切り分けられる。
急性疾患。
突発的事故。
既往歴の再評価。
数字は、
統計に溶ける。
「関連性は、
認められません」
その一文が、
すべてを覆った。
監視映像は、
保全される。
だが、
解析対象から外される。
「編集痕なし」
「異常検知なし」
異常がない以上、
異常は存在しない。
それが、
世界のルールだった。
管理側の会議は、
短い。
「再発の兆候は?」
「ありません」
「能力反応は?」
「検知されません」
「では」
「当該事案は、
終結とする」
終結。
原因究明も、
再発防止策もない。
なぜなら、
再発しない“前提”を
採用したから。
市民生活への影響は、
最小限に抑えられる。
不安を煽る表現は、
削除。
専門家のコメントは、
無難なものに差し替え。
「過度な憶測は、
控えてください」
その言葉だけが、
何度も繰り返される。
数日後。
街は、
完全に戻っていた。
信号は変わり、
人は歩き、
誰も空白を数えない。
空席は、
いつの間にか
別の誰かで埋まる。
悲しむ人間はいる。
だが、
悲しみは
個人の問題として
整理される。
主人公は、
その処理を
端から端まで見ていた。
「……きれいだな」
嫌味ではない。
事実として、
きれいだった。
感情が混じらない。
責任を押し付けない。
英雄を作らない。
「何も、
なかった」
それが、
世界の選択だった。
責任者が、
最後に確認する。
「……記録は?」
「封印します」
「閲覧権限は?」
「必要最小限」
「当事者は?」
一瞬、
視線が主人公に向く。
「……対象外」
「英雄にも、
危険人物にも
指定しない」
それは、
最大限の配慮であり、
最大限の隔離だった。
主人公は、
何も言わない。
言う必要が、
なかった。
役目は、
終わっている。
妹は、
その様子を
遠くから見ていた。
世界は、
兄を持ち上げない。
同時に、
縛らない。
それが、
彼女にとって
一番恐ろしかった。
(……何も、
残らない)
だが。
何もなかったことに
“できた”という事実だけは、
確かに残っている。
主人公は、
廊下の窓から
外を見る。
同じ街。
同じ人。
同じ時間。
もう、
止まらない。
「……それでいい」
小さく、
そう呟く。
世界は、
今日も前に進む。
誰かが止めていたことも、
誰かが殴り合ったことも、
誰かが終わらせたことも。
すべて、
なかったことにして。
だが。
“なかったことにできた”
という前例だけは、
静かに、
深く、
刻まれていた。




