第二部・第43話 それ以上、止まらない
時間は、
完全に流れていた。
止まる気配も、
揺り戻しもない。
街は、
数秒前と何一つ変わらない顔で
動いている。
人々は歩き、
車は走り、
信号は切り替わる。
ただ一つ違うのは、
そこに“止める存在”がいないことだった。
青年――
時間を止めていた能力者は、
地面に仰向けになっていた。
呼吸はある。
心拍もある。
だが、
彼の周囲には
奇妙な静けさが残っている。
「……止まらないな」
彼は、
空を見上げたまま言った。
確認ではない。
愚痴でもない。
受け入れだった。
主人公は、
数歩離れた位置で
立っている。
近づかない。
手も伸ばさない。
それが、
この終わり方に必要な距離だった。
「……もう、
使えない」
青年が、
静かに続ける。
「時間が、
止まらない」
「呼んでも、
応えない」
彼は、
自分の手を見つめる。
さっきまで、
世界を黙らせていた手だ。
「……ああ」
「やっとだ」
その言葉には、
安堵が混じっていた。
管理側の車両が、
遠くで止まる。
人は来る。
だが、
まだ誰も降りてこない。
この数十秒は、
二人だけの時間として
黙認されていた。
「……なあ」
青年が、
視線を主人公に向ける。
「俺は、
止めたかったんだ」
「世界じゃない」
「自分をだ」
主人公は、
答えない。
答える資格がないことを
理解している。
「止まった世界は、
楽だった」
「選ばなくていい。
決めなくていい」
「……でも」
青年は、
小さく笑った。
「君と殴り合った瞬間だけは、
時間が、
ちゃんと流れてた」
「痛くて、
息が苦しくて、
判断が遅れて」
「……最悪だった」
「でも」
「生きてる感じがした」
それで、
十分だった。
主人公は、
一歩だけ近づく。
それ以上は、
踏み込まない。
「……終わったな」
青年は、
頷く。
「終わった」
「俺の役目も」
「この能力も」
その言葉と同時に、
管理側の人間が
近づいてくる。
医療班。
拘束要員。
だが、
武装は控えめだった。
責任者が、
青年を見下ろす。
「……能力反応は?」
分析官が、
首を振る。
「検知されません」
「時間停止の兆候、
ゼロ」
責任者は、
一瞬だけ目を閉じ、
そして宣言する。
「……確認しました」
「時間停止能力者は、
無力化されています」
それは、
処分命令ではない。
事実の確定だった。
青年は、
その言葉を聞いて
ほっとしたように
息を吐く。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉かは、
分からない。
医療班が、
慎重に彼を運ぶ。
拘束は、
最低限だ。
彼は、
抵抗しない。
運ばれながら、
最後に主人公を見る。
「……なあ」
「止めてくれて、
ありがとう」
「俺は」
「……やっと、
止まれた」
それが、
最後の言葉だった。
車両の扉が閉まり、
音が遠ざかる。
街は、
完全に日常へ戻る。
主人公は、
その場に
一人残る。
能力は、
使っていない。
奇跡も、
起きていない。
ただ、
殴り合って、
止めただけだ。
(……終わった)
だが同時に、
理解している。
これは勝利ではない。
世界が、
一つの異常を
“処理した”だけだ。
責任者が、
近づいてくる。
「……あなたのおかげです」
主人公は、
首を振る。
「俺が行っただけだ」
「やるべき場所に」
責任者は、
それ以上
何も言わなかった。
遠くで、
妹が
こちらを見ている。
呼び方は、
まだ変わらない。
だが、
彼女の目は
確実に変わっていた。
時間は、
もう止まらない。
それを止めていた存在は、
役目を終えた。
第二部は、
静かなエピローグへ向かう。




