第二部・第39話 止められたかった
世界が止まると、
音が消える。
風も、
振動も、
温度の揺らぎもなくなる。
残るのは、
形だけだ。
人の形。
街の形。
感情の直前で固まった顔。
最初は、
それが心地よかった。
世界が、
ようやく静かになったから。
「……うるさすぎたんだ」
青年は、
止まった交差点の中央で
一人、呟く。
声は、
誰にも届かない。
届く必要もない。
世界はいつも、
早すぎる。
考える前に進み、
選ぶ前に決まり、
気づいたときには
もう取り返しがつかない。
「止めたかっただけだ」
時間を、
人を、
流れを。
最初は、
本当にそれだけだった。
止めれば、
誰も争わない。
止めれば、
誰も決断しない。
止めれば、
誰も傷つかない。
少なくとも、
その瞬間だけは。
「……止まってる間は、
全部、平等だ」
金持ちも、
英雄も、
子供も、
敵も。
全員、
等しく黙る。
だから、
選ばなければならなかった。
止めた世界の中で、
唯一、
動ける者として。
「……俺がやらなきゃ、
誰がやる」
彼は、
止まった人々の間を歩く。
恐怖も、
抵抗も、
そこにはない。
「簡単だ」
近づいて、
手を伸ばして、
終わらせる。
痛みは、
ない。
悲鳴も、
ない。
ただ、
次の瞬間が
来なくなるだけ。
「……優しいだろ」
彼は、
自分に言い聞かせる。
人類悪のように、
楽しんでいない。
雪花のように、
合理を語らない。
炎帝のように、
怒りに任せない。
パレントのように、
怯えもしない。
「俺は、
ちゃんと選んでる」
そう、
信じていた。
だが。
止まった世界の端で、
歩いている影を
見た瞬間。
その確信が、
崩れた。
「……ああ」
「君も、
外なんだ」
彼は、
主人公を思い出す。
時間の中で、
同じように立っていた男。
怯えていなかった。
興奮もしていなかった。
ただ、
理解していた。
「……羨ましいな」
思わず、
本音が漏れた。
「君は、
止めたくて
止めてるわけじゃない」
「止まった世界に、
放り出されただけだ」
それが、
耐えられなかった。
自分は、
選んだ。
止める力を持ち、
使うことを選び、
誰かの次を奪っている。
「……俺も」
彼は、
立ち止まる。
「俺も、
誰かに止められたかった」
選ばなくて済むように。
決めなくて済むように。
手を伸ばさなくて済むように。
「でも」
誰も、
止めてくれなかった。
勇者は、
遠くを見ていた。
連合は、
数字を見ていた。
世界は、
状況を見ていた。
誰も、
“止めたい”という感情を
見なかった。
だから。
「……なら、
俺が止めるしかないだろ」
その理屈が、
どれほど歪んでいるか。
彼自身が、
一番分かっている。
止まった世界の中で、
彼は空を見上げる。
雲は、
途中で固まっている。
「……きれいだな」
動かない空は、
安心できる。
だが。
「……ずっとは、
いられない」
彼は、
知っている。
時間を止め続ければ、
世界は壊れる。
だから、
短く。
正確に。
選別する。
「……終わらせたら、
今度こそ」
「俺も、
止めてくれ」
それが、
彼の願いだった。
時間が、
再び動き出す。
音が、
戻る。
風が、
吹く。
世界は、
何事もなかったかのように
続いていく。
青年は、
歩き出す。
次の停止へ。
次の選別へ。
だが。
彼の中には、
はっきりと残っていた。
止まった世界の中を、
同じように歩いていた
もう一人の存在。
「ああ……」
「君なら」
「……止めてくれるかもしれないな」
それが、
彼にとって初めての
希望だった。
第二部は、
最終対峙へ向かう。




