第二部・第38話 止まった中を、歩く
異変は、
警報より先に起きた。
市街地。
昼間。
人の流れが最も多い時間帯。
信号が変わる。
人が一歩、踏み出す。
そこで、
世界が止まった。
風が、
止まっている。
旗が、
途中の形で固まっている。
車のエンジン音が、
途切れたまま凍りつく。
人々は、
歩き出す直前の姿勢で
静止していた。
まばたきの途中。
会話の途中。
息を吸い込む途中。
時間が、
止まっている。
だが。
一人だけ、
動いていた。
交差点の端。
白線の外側。
青年が、
歩いている。
足音は、
響かない。
それでも、
歩行は確かだ。
彼は、
止まった人々の間を
縫うように進む。
驚かない。
急がない。
確かめる素振りもない。
まるで、
最初から
こうなることを
知っていたかのように。
青年は、
立ち止まる。
目の前にいるのは、
信号を見上げたままの男性。
表情は、
穏やかでも
苦悶でもない。
“次の瞬間”を
迎える前の顔。
青年は、
静かに手を伸ばす。
触れる。
その動作は、
乱暴ではない。
むしろ、
慎重だ。
次の瞬間。
男性の存在が、
消えた。
倒れない。
崩れない。
最初から
そこにいなかったかのように、
空白だけが残る。
青年は、
一歩、下がる。
周囲を、
見渡す。
誰も、
動かない。
満足したように、
彼は再び歩き出す。
その様子を、
少し離れた場所で
もう一人が見ていた。
主人公だ。
彼は、
動けていた。
体が、
時間に縫い止められていない。
だが。
体が動くことと、
介入できることは
別だった。
拳を握る。
だが、
空気が抵抗を返さない。
距離を詰めようとする。
足は出る。
進める。
それでも、
届かない。
世界そのものが、
二人の間に
見えない段差を作っている。
青年が、
振り向く。
視線が、
合う。
初めて、
感情が動いた。
驚きではない。
警戒でもない。
確認。
「……君も、
外か」
声は、
静かだった。
音は、
主人公の耳に
届いている。
だが、
それ以外の世界には
届かない。
「……誰だ」
主人公が、
そう問いかける。
青年は、
答えない。
代わりに、
一歩、近づく。
距離は、
縮まらない。
それでも、
存在感だけが
強くなる。
「……大丈夫」
青年が、
ぽつりと呟く。
「すぐ、
終わる」
何が、
とは言わない。
だが、
その言葉が
何を指すかは
明白だった。
主人公は、
理解する。
これは、
戦闘ではない。
能力の撃ち合いでもない。
選別だ。
青年は、
また歩き出す。
次の標的へ。
主人公は、
歯を食いしばる。
動ける。
考えられる。
それでも、
止められない。
その瞬間。
遠くで、
微かな揺れが走る。
時間が、
再び動き出す。
風が、
吹く。
音が、
戻る。
人々が、
動き出す。
一人分の空白だけを
残して。
悲鳴が、
上がる。
だが、
主人公は
それを聞いていない。
視線は、
ただ一人。
人混みの向こうで、
振り返らずに
消えていく青年の背中。
「……次は、
俺だな」
呟きは、
誰にも届かない。
だが。
時間停止は、
確かに観測された。
しかも。
対象外が、
二人存在することも。
世界は、
一つの前提を
正式に失った。
時間は、
すべてを
平等には
止めない。
第二部は、
最終局面へ入る。




