第二部・第37話 行くしかない場所
決断は、
会議室では行われなかった。
誰かに説得されたわけでも、
命令されたわけでもない。
ただ、
一つずつ
“逃げ道が消えていった”
その結果だった。
主人公は、
資料室で一人、
古いログを眺めていた。
雪花。
炎帝。
パレント。
それぞれの投入時期。
被害曲線。
対応策。
どのグラフも、
同じ形をしている。
最初は、
上がる。
次に、
抑えられる。
最後に、
意味を失う。
「……同じだな」
能力が違っても、
やっていることは
変わらない。
世界は、
毎回少しずつ
賢くなっている。
だが。
“時間”だけは、
賢くなる前に
終わらせに来る。
主人公は、
ログを閉じた。
これ以上、
読む意味はない。
対策は、
存在しない。
被害抑制も、
成立しない。
未来予知が見たのは、
“止められない結果”だけだった。
ここで、
誰が行くか。
「……俺以外、
いないな」
その結論に、
感情はなかった。
能力の相性でもない。
責任感でもない。
構図の問題だった。
時間停止は、
運を殺す。
幸運も、
悪運も、
天運も。
すべて、
意味を失う。
だからこそ。
「……能力を使わない俺が、
一番残る」
皮肉だが、
それが事実だった。
管理側との最終確認は、
短かった。
「……本当に、
あなたが行くと?」
責任者の声は、
静かだ。
「他に、
候補は?」
主人公は、
首を振る。
「時間の中で
戦える能力者は?」
「いません」
「時間の外に
残れる保証がある人間は?」
「……いません」
「なら」
「俺が行く以外、
選択肢はない」
それは、
提案ではなく
整理だった。
責任者は、
一度だけ
目を閉じる。
「……分かりました」
「これは、
命令ではありません」
「あなた自身の判断として、
記録します」
「構いません」
主人公は、
即答した。
それでいい。
これは、
誰かに背負わせる話ではない。
同時刻。
妹は、
廊下の端で
そのやり取りを
聞いていた。
止める言葉は、
いくらでも浮かぶ。
危険だ。
無謀だ。
合理的じゃない。
だが。
それらはすべて、
もう通過済みの議論だった。
「……行くんだね」
妹の声は、
震えていない。
「ああ」
主人公は、
短く答える。
「戻ってくる?」
その問いに、
主人公は
少しだけ
考えた。
「……分からない」
嘘は、
言わなかった。
妹は、
視線を落とす。
しばらくして、
小さく息を吐いた。
「……分かった」
止めない。
泣かない。
縋らない。
それは、
彼女自身の
選択だった。
「……でも」
妹は、
顔を上げる。
「行くなら、
“中途半端”は
やめて」
主人公は、
頷く。
「そのつもりだ」
時雨 澪は、
少し離れた場所で
二人を見ていた。
未来は、
もう見ない。
見る必要が、
なくなったからだ。
「……行くんですね」
「ああ」
彼女は、
それ以上
何も言わなかった。
未来予知は、
未来を変えられない。
だが。
誰が、
そこへ行くかを
見届けることはできる。
主人公は、
ゆっくりと
歩き出す。
その背中には、
英雄の重さも、
絶望の重さもない。
ただ。
「ここから先は、
俺の仕事だ」
そう、
世界に線を引いた
背中だった。
時間は、
まだ止まっていない。
だが。
止める側が、
もう動き出していた。




