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第二部・第36話 それは、未来ですらなかった

時雨 澪は、

予知を見る前に必ず呼吸を整える。


深く一度、

浅く二度。


それは癖であり、

祈りでもあった。


未来を見る行為は、

彼女にとって“覗く”に近い。


踏み込まない。

触れない。

干渉しない。


ただ、

そこにある結果を

視界に通すだけ。


だからこそ、

彼女は知っている。


未来には、

必ず“温度”がある。


希望の熱。

絶望の冷たさ。

あるいは、

まだ名付けられていない感触。


だが。


今回、

視界に流れ込んできたものには、

温度がなかった。


光景は、

ありふれていた。


街。

昼。

人通り。


誰かが笑い、

誰かが歩き、

誰かが立ち止まる。


そこまでは、

いつもの未来だ。


次の瞬間。


一人が、

いなくなっている。


倒れていない。

消えてもいない。


ただ、

“最初からそこにいなかった”

かのように、

空白がある。


時雨は、

眉をひそめる。


(……おかしい)


未来は、

必ず“過程”を見せる。


事故なら、

避ける動きがある。


殺意なら、

感情の揺れがある。


能力なら、

発動の兆候がある。


だが、

それがない。


空白だけが、

残っている。


次の未来。


場所が変わる。


屋内。

蛍光灯。

静かな環境。


椅子に座る人物。

書類を読んでいる。


次の瞬間。


椅子に座ったまま、

死んでいる。


驚きも、

苦痛も、

思考もない。


「……」


時雨は、

思わず予知を

深く追いかけてしまう。


本来なら、

やってはいけない行為だ。


だが、

確かめずには

いられなかった。


時間を、

前後に探る。


一秒前。

何も起きていない。


一秒後。

もう、終わっている。


(……時間が)


その言葉を、

彼女は飲み込む。


まだ、

断定してはいけない。


だが。


(……“起きた”じゃない)


(……“起きなかった”)


表現が、

裏返る。


未来は、

流れている。


それなのに、

その一部分だけが、

最初から存在しなかった

かのように欠けている。


次の未来。


同じだ。


違う場所。

違う人。

違う状況。


それでも、

結果は同じ。


過程のない死。


勝者がいない。

敗者もいない。


戦闘ですらない。


(……これは)


(未来を変える、

 という次元じゃない)


時雨は、

ゆっくりと

予知から意識を引き剥がした。


息が、

震えている。


「……澪?」


声をかけたのは、

主人公だった。


彼女は、

しばらく答えられなかった。


言葉を選んでいる

わけではない。


言葉が、

存在しない。


「……見えたか」


彼女は、

小さく頷いた。


「止められる?」


その問いに、

即答はできなかった。


数秒。


そして、

はっきりと首を横に振る。


「……止め方は、

 見えなかった」


「避ける未来も?」


「……なかった」


主人公は、

それ以上聞かなかった。


時雨は、

続ける。


「誰かが、

 勝つ未来じゃない」


「誰かが、

 負ける未来でもない」


「……ただ」


「起きてしまう未来」


それだけ。


管理側に、

共有される。


詳細は、

伏せられた。


だが、

結論だけは

重く伝わった。


【未来予知:介入不可】

【回避ルート:未観測】


その場にいた誰もが、

理解する。


これは、

“対策が遅れた”未来ではない。


対策という概念が、

 存在しない未来だ。


会議は、

静かに解散した。


廊下で、

主人公と時雨は

並んで歩く。


「……ごめん」


彼女は、

小さく言った。


「未来を、

 見ただけだった」


主人公は、

首を振る。


「それでいい」


「見なかったら、

 俺は行けなかった」


足が、

止まる。


時雨は、

顔を上げた。


「……行くの?」


主人公は、

答えない。


だが、

その沈黙が

答えだった。


時雨は、

それ以上

何も言わなかった。


未来予知は、

未来を救わない。


だが。


誰が、

 そこへ行くべきかだけは、

 確実に示した。


時間は、

まだ止まっていない。


だが。


止まる準備が、

 世界の側で

 整ってしまった。


第二部は、

決断の段階へ進む。

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