第二部・第35話 その言葉は、まだ仮説だった
会議室は、
これまでで一番静かだった。
怒鳴り声も、
机を叩く音もない。
資料をめくる音すら、
控えめだ。
スクリーンには、
二件の死亡報告。
時系列。
映像ログ。
生体反応の最終値。
「……まず、
確認します」
責任者の声は、
低く抑えられていた。
「これは、
不可視接触ではありません」
「影の痕跡、
ゼロ」
「炎による損傷、
なし」
「凍結反応も、
存在しない」
つまり。
「これまでの
いかなるカードとも、
一致しません」
誰も、
反論しない。
分析官が、
一枚の図を表示する。
人の歩行ログ。
心拍数。
脳波。
すべてが、
“途中で切れている”。
「……死亡時刻は?」
「出せません」
「正確には」
「“死亡に至る過程”が、
観測されていない」
空気が、
一段重くなる。
「……即死?」
「違います」
「即死なら、
反応は残る」
「これは」
「反応そのものが、
存在しない」
誰かが、
喉を鳴らす。
「……そんなこと、
あり得るのか」
分析官は、
言葉を選びながら
続けた。
「仮に、
“起きた”のではなく」
「**“起きる前後だけが
残った”**としたら」
沈黙。
誰も、
続きを促さない。
その沈黙を破ったのは、
責任者だった。
「……それは」
「時間に、
手が入ったという
仮説か」
その言葉は、
即座に否定されなかった。
だが、
肯定もされない。
分析官は、
ゆっくり首を振る。
「断定は、
できません」
「能力として定義するには、
情報が足りない」
「現象として扱うには、
再現性がない」
「……だが」
一拍。
「“時間的連続性が
欠損している”
という説明だけは、
全事例に当てはまります」
その一文が、
会議室に落ちる。
「……言い換えれば」
「時間が、
飛んだ」
誰かが、
そう言った。
すぐに、
別の声が被せる。
「いや」
「“飛んだ”と
言うのも、
まだ早い」
「止まったのかもしれない」
「切り取られたのかもしれない」
「重なったのかもしれない」
「……あるいは」
その先は、
誰も言わなかった。
主人公は、
端の席で
黙って聞いていた。
誰よりも、
口を開かなかった。
だが、
理解は早い。
(……来たか)
雪でもない。
炎でもない。
不可視でもない。
“条件を揃える”
という発想そのものが、
意味を失う相手。
責任者が、
静かに言う。
「現時点で、
結論は出さない」
「だが」
「次の一手は、
これまでと
同じでは
あり得ない」
「被害抑制は、
成立しない」
「対策は、
存在しない」
「……なら」
誰かが、
問いを投げる。
「どうする」
その問いに、
すぐ答えは返らない。
代わりに、
責任者は
主人公の方を見る。
「……あなたは、
どう見ていますか」
視線が、
一斉に集まる。
主人公は、
数秒だけ考えた。
そして、
ゆっくり答える。
「……仮説としてなら」
「時間、
という言葉が
一番近い」
ざわめきが、
起きかける。
だが、
彼は続けた。
「ただし」
「それを
“能力”と呼ぶのは、
間違いです」
「能力なら」
「対策が
存在するはずだから」
沈黙。
「これは」
「構図を壊した
結果として
出てきた“現象”です」
「交渉を潰し」
「被害を抑え」
「止めない戦い方を
突き詰めた」
「その先に、
残ったもの」
誰も、
否定しなかった。
責任者が、
深く息を吐く。
「……分かりました」
「では」
「この仮説は、
“口外禁止”とする」
「公表すれば、
社会が先に壊れる」
「断定も、
しない」
「だが」
「前提として
共有する」
それは、
公式な決定だった。
会議が、
終わる。
廊下に出たとき、
主人公は
妹とすれ違う。
視線が、
一瞬だけ合う。
言葉は、
要らなかった。
(……もう、
世界の外だ)
妹は、
それを理解する。
時間という言葉は、
まだ仮説だ。
だが。
仮説として口に出た時点で、
世界は
次の段階へ
進んでしまった。
第二部は、
いよいよ
最後の敵を
呼び込む。




