第二部・第33話 これ以上、削れない
会議は、
いつもより少人数だった。
怒鳴る人間はいない。
反論の準備をしている者もいない。
全員が、
すでに数字を見終えている。
スクリーンには、
直近七十二時間の統計が
淡々と並んでいた。
【不可視接触事案:低減】
【致死事案:ゼロ】
【精神的後遺症:増加】
【市民生活影響指数:臨界値】
「……被害は、
抑えられています」
分析官の声は、
平坦だった。
「だが」
一拍置く。
「抑えられる余地が、
もうありません」
誰も、
その言葉を否定しない。
「影対策は、
限界です」
「照度を上げれば、
生活が壊れる」
「昼間は、
影が成立しない」
「夜は、
全域照射が不可能」
資料が、
切り替わる。
【対策成功率:低下傾向】
【敵学習速度:上昇】
「……つまり」
責任者が、
言葉を継ぐ。
「こちらが一つ対策を打つたびに、
敵は一つ先へ進んでいる」
沈黙。
「被害は、
まだ数字上は抑えられている」
「だが」
「これは、
“偶然死ななかった”
だけだ」
その言葉は、
重かった。
「次に来るカードは、
被害抑制という概念を
無視する可能性が高い」
全員が、
同じ想定を
頭に浮かべている。
雪でもない。
炎でもない。
不可視でもない。
「……時間」
誰かが、
小さく呟いた。
その一言で、
空気が固まる。
主人公は、
その場で初めて
口を開いた。
「……ここまで、
よくやったと思います」
視線が、
集まる。
「止めずに、
被害を抑えた」
「倒さずに、
人を生かした」
「それは、
間違いなく成果です」
だが。
「これ以上は、
設計の話じゃない」
「次は」
「構図そのものが、
破壊される段階です」
責任者が、
静かに問う。
「……つまり?」
主人公は、
はっきり答えた。
「これ以上、
“被害抑制”という
選択肢は成立しません」
否定ではない。
分析でもない。
合意の言葉だった。
「止めない前提で、
被害を止める」
「その戦い方は、
ここで終わりです」
誰も、
反論しなかった。
なぜなら。
全員が、
同じ結論に
辿り着いていたからだ。
「……次は」
責任者が、
問いを投げる。
「止めるのか」
「それとも」
「止められないものとして、
受け入れるのか」
主人公は、
少しだけ
考える素振りを見せた。
だが、
答えは早かった。
「どちらでもない」
会議室の視線が、
一斉に集まる。
「止められないなら、
“止める意味”を
失わせる」
一瞬、
誰も理解しなかった。
だが、
次第に
言葉の意味が
染み込んでいく。
「……交渉点を、
消す」
誰かが、
確認するように言った。
「はい」
主人公は、
頷いた。
「止められない力が出てくるなら」
「その力を
使っても、
何も変わらない状況を
作る」
「それが、
最後の選択肢です」
責任者は、
深く息を吐いた。
「……それは」
「個人に、
背負わせる決断だ」
主人公は、
視線を逸らさない。
「もう、
個人の問題です」
「ここから先は」
「世界が決めるか、
俺が決めるか」
沈黙。
その沈黙は、
拒絶ではなかった。
受諾だった。
「……分かりました」
責任者が、
静かに言う。
「これ以上の
被害抑制策は、
存在しない」
「それについて」
「我々とあなたは、
合意します」
その一言で、
会議は終わった。
同時刻。
妹は、
別室で
その結論を聞いていた。
(……来た)
避けてきた段階。
先延ばしにしてきた瞬間。
(……もう、
戻れない)
主人公が、
廊下に出てくる。
二人は、
一瞬だけ
視線を交わす。
言葉は、
要らなかった。
これ以上、
守り方を削れない。
なら。
次は、
世界の形を
変える番だ。
第二部は、
決定的な局面へ入る。




