第二部・第30話 影は、消えなかった
発見は、
最前線でも、
会議室でもなかった。
午後の、
ごく普通の時間帯。
工事現場の仮囲いの内側で、
作業員が一人、
ヘルメットを押さえて立ち尽くしていた。
「……今、
誰か通ったよな?」
周囲に、
人はいない。
交通整理のコーン。
積まれた資材。
強い照明に照らされた、
白い地面。
「……気のせいか」
そう呟いて、
作業員は足元を見る。
その瞬間、
違和感に気づいた。
影が、
二つある。
自分の影の隣に、
もう一つ。
人の形に近い。
だが、
そこには何もない。
「……は?」
作業員は、
反射的に一歩下がった。
影は、
動いた。
遅れて、
自分の影が動く。
「……うわっ」
思わず声が出た。
次の瞬間、
背中に
軽い接触感。
誰かに、
触られた。
だが、
視界には
何も映らない。
「……っ!」
作業員は、
とっさに
手に持っていた工具を
前に突き出した。
何かに、
当たった感触。
硬くもなく、
柔らかくもない。
“空気じゃない”。
その瞬間。
影が、
一瞬だけ
歪んだ。
形が、
崩れる。
そして、
消えた。
時間にして、
三秒。
作業員は、
荒い息を吐きながら
その場にしゃがみ込んだ。
「……なんだ、
今の」
数分後。
管理側に、
一本の通報が入る。
【不可視接触の可能性】
【目撃情報:影】
【照明条件:強】
「……影?」
分析官が、
首を傾げる。
「見えないはずの対象に、
影が出た?」
「照明は?」
「高照度。
影が、
はっきり出る環境です」
映像が、
再生される。
監視カメラには、
何も映っていない。
だが。
地面には、
一瞬だけ、
影が“増えた”痕跡が残っている。
「……完全透明でも」
「光の遮断は、
完全じゃない」
誰かが、
小さく言った。
「影は、
消せていない」
その言葉が、
室内に落ちる。
「……偶然か?」
「いえ」
分析官は、
首を横に振る。
「再現性は、
低いですが」
「条件は、
見えています」
【高照度】
【複数光源】
【地面が明るい】
「……つまり」
「照らせば、
痕跡は出る」
その結論は、
小さい。
だが。
これまで、
“完全不可視”だった脅威に、
初めて
欠損が見えた。
同時刻。
主人公は、
その報告を
静かに読んでいた。
影。
たったそれだけ。
「……十分だ」
呟きは、
小さい。
「見えない敵は、
見えなくてもいい」
「触れられる前に、
“そこにいる”と
分かればいい」
完璧な対策じゃない。
パレントを、
捕まえられない。
倒せない。
止められない。
それでも。
「……選択肢が、
一つ増えた」
同時刻。
妹は、
自室の電気を
いつもより
明るくした。
天井灯。
デスクライト。
間接照明。
影が、
床に重なる。
自分の影。
家具の影。
その中に、
**“増えたら困る影”**を
想像する。
(……触れられなければ、
意味がない)
妹は、
静かに
照明の位置を調整した。
まだ、
戦いじゃない。
だが。
見えない敵は、
“見える条件”を
世界に置き忘れた。
それは、
偶然だった。
だが、
偶然で十分だった。
第二部は、
次の段階へ進む。




