第二部・第28話 見えない異変は、数字から始まった
異変は、
映像ではなく
報告書の空白から始まった。
「……このログ、
抜けていませんか」
管理室の端で、
分析官が眉をひそめる。
「どのログだ」
「監視カメラ、
北側エリアの三番と四番」
画面が切り替わる。
時刻表示は、
正常。
フレームレートも、
落ちていない。
だが。
数秒分、
何も映っていない。
「……停電?」
「いいえ。
電力も通信も、
正常です」
「映像自体は、
“存在している”」
「ただ」
「そこに、
何も映っていない」
誰かが、
冗談めかして言う。
「……透明人間、
とかじゃないよな」
笑いは、
起きなかった。
同時刻。
市街地の一角。
コンビニの自動ドアが、
反応しなかった。
「……あれ?」
店員が、
首を傾げる。
誰も、
立っていない。
だが、
センサーは
“何か”を検知している。
ドアは、
開かないまま。
「……誤作動かな」
店員は、
そう判断して
一度リセットをかけた。
その直後。
レジ横の棚から、
商品が
音もなく消えた。
「……?」
落ちたわけではない。
盗られた音もない。
最初から、
そこに無かったかのように消えた。
同時刻。
別の場所。
路上で、
人が立ち止まる。
「……え?」
目の前に、
自転車がある。
さっきまで、
確かに
通り過ぎたはずの自転車。
だが今は、
誰も乗っていない。
倒れてもいない。
放置でもない。
“乗っていた人”だけが、
抜け落ちている。
管理側に、
断片的な報告が集まり始める。
【物品消失】
【人物一時行方不明】
【監視映像の欠損】
「……共通点は?」
分析官が、
素早く整理する。
「発生地点が、
戦線ではない」
「避難区域でもない」
「完全に、
“日常圏”です」
室内の空気が、
一段冷える。
「……炎帝じゃないな」
「はい」
「雪花でもない」
「意図が違う」
炎帝は、
燃やす。
雪花は、
示す。
だがこれは。
「……消している」
誰かが、
そう言った。
「壊していない。
奪っている」
「……気づかせないために」
その言葉に、
全員が黙る。
同時刻。
主人公は、
報告をまとめた
簡易ログを見ていた。
炎の映像ではない。
破壊の写真でもない。
空白だらけの一覧表。
「……来たな」
呟きは、
低い。
「炎帝が、
意味を失った」
「だから」
「次は、
意味そのものを
削りに来る」
彼は、
一つの項目で
視線を止める。
【対象:一般市民】
【状態:数分後に復帰】
【本人の記憶:欠落】
「……戻ってきてる」
「でも、
覚えていない」
つまり。
触れられている。
「……不可視の能力」
「接触型」
頭の中で、
条件が
一気に組み上がる。
見えない。
触れられる。
短時間、消える。
「……雪花でも、
炎帝でもない」
「交渉点を、
直接触りに来るタイプだ」
同時刻。
妹は、
テレビのニュースを見ていた。
アナウンサーは、
言葉を選んでいる。
「原因不明の、
小規模な行方不明事案が──」
映像は、
ぼかされている。
だが、
妹には分かる。
(……戦争が、
家に入ってきた)
これは、
前線の話じゃない。
生活の中に、
“見えない手”が
差し込まれ始めている。
妹は、
静かに
リモコンを置く。
(……兄は)
(もう、
気づいている)
管理側の端末に、
新しい分類が表示された。
【新規脅威仮称】
【不可視接触型】
【行動目的:不明】
仮称の横に、
小さく注釈が付く。
【勇者未通告カード】
つまり。
これは、
教えられていない切り札。
炎が止まり、
雪が降らず。
代わりに、
“何も起きていないように見える異変”が
世界を侵食し始めた。
見えない敵は、
まだ姿を現していない。
だが。
もう、
触れている。
第二部は、
次の段階へ進む。




