第二部・第17話 勇者は、距離を測っていた
再接触は、
予定されていなかった。
少なくとも、
地球側の公式日程には。
「……来た、だと?」
警備担当の声が、
低く響く。
場所は、
前回と同じ会議室。
扉を開けた瞬間、
空気が一段変わったのが分かる。
勇者エレギオンは、
すでにそこにいた。
立っていない。
座ってもいない。
最初から“会議の途中”に混ざっていた、
そんな違和感のある立ち位置。
「お久しぶりです」
声は穏やかだ。
「期限前の再訪、
失礼します」
「……約束が違います」
「ええ」
エレギオンは、
あっさり認めた。
「ですが」
「状況が、
こちらの想定より早く動きました」
その一言で、
全員が理解する。
「……何を見ている」
責任者が、
真っ直ぐに問う。
エレギオンは、
一瞬だけ視線を落とし、
そして答えた。
「距離です」
その言葉は、
会議室に重く落ちた。
「特異点と、
同居家族の間にある」
「心理的距離」
「選択としての距離」
誰も、
すぐには反論できない。
「……我々は、
まだ正式な分離は確認していない」
「知っています」
エレギオンは、
即答する。
「分離ではありませんから」
「これは、
“検討段階”です」
資料が、
何も映っていないスクリーンに向けて
彼は手を伸ばす。
「距離が生まれる前兆は、
いつも同じです」
「会話が減るわけでも、
同居を解消するわけでもない」
「ただ」
「相手の判断を、
自分の判断から外し始める」
その説明は、
あまりにも正確だった。
「……妹が、
それを?」
誰かが、
絞り出すように言う。
「ええ」
「そして」
「兄も、
それを感じ取っています」
「だからこそ」
「彼は、
“守らない選択肢”を
思考に入れ始めた」
会議室が、
完全に静まる。
「……あなたは」
責任者が、
低く問う。
「それを、
止めに来たのか」
エレギオンは、
首を横に振った。
「いいえ」
「止める必要はありません」
「距離が取られるなら、
それは一つの解です」
「ですが」
一拍。
「距離が“完成”する前に、
我々は選択を終えなければならない」
「……なぜだ」
「交渉材料は」
「価値が最大の時に、
提示されるべきだからです」
冷酷だが、
合理的な答え。
「……つまり」
「妹が、
完全に離れる前に」
「我々は、
彼を選ばせる?」
エレギオンは、
否定もしなければ肯定もしない。
「私は、
“選択が可能なうちに来た”だけです」
「選択肢が消えた後では、
交渉は成立しません」
「それは」
「戦争になる」
その言葉は、
静かだった。
だが、
確実だった。
「……特異点本人には?」
「まだ会っていません」
「ですが」
「彼は、
すでに理解しています」
「理解した者は、
行動が早い」
「彼が、
自分を交渉点から外すために
動く前に」
「我々は、
話をしなければならない」
会議室に、
苦い沈黙が落ちる。
「……これは、
脅しか」
エレギオンは、
少しだけ困ったように微笑んだ。
「いいえ」
「観測結果の共有です」
「私は、
争いを減らす勇者です」
「だから」
「争いが始まる直前で、
必ず声をかける」
立ち上がる。
「次は」
「彼本人と、
直接話します」
「家族の話を、
避けずに」
その宣言は、
重かった。
「……いつだ」
「距離が、
選択から決断に変わる前」
「それだけは、
逃しません」
次の瞬間、
エレギオンの姿は消えていた。
残された者たちは、
誰も言葉を発せない。
距離を取ることは、
守るための選択だった。
だが今、
その距離さえも、
交渉の時間制限になった。
勇者は、
距離を脅威とは呼ばない。
機会と呼ぶ。
第二部は、
避けられない直接対話へ向かう。




