第二部・第15話 離れるという選択肢
その日の夕食は、
いつもより静かだった。
料理の味が変わったわけではない。
手順も、火加減も、完璧だ。
むしろ、いつもより無駄がない。
それが逆に、
主人公を落ち着かせなかった。
「……最近、料理うまくなったな」
何気ない一言だった。
「ありがとうございます」
妹は、
即座に返す。
敬語。
丁寧すぎるほどの間。
「……前からだろ」
「そうでしたか?」
会話は、
成立している。
だが、
噛み合っていない。
食卓の空気が、
一段薄い。
「学校は?」
「問題ありません」
「部活は?」
「今は、特に」
どれも、
嘘ではない。
だが、
必要最低限しか返ってこない。
主人公は、
箸を止めた。
「……何かあったか」
妹は、
一瞬だけ視線を落とす。
ほんの、
呼吸一つ分。
「いいえ」
即答だった。
「ただ」
言葉が、
一つ付け足される。
「考えていることは、あります」
主人公は、
何も言わずに待った。
「最近」
妹は、
テーブルの木目を見つめながら話す。
「私がいなくても、
世界は回るんだな、って」
その言葉は、
柔らかい。
だが、
内容は鋭い。
「……どういう意味だ」
「能力を使わなくても、
事故は起きない」
「誰かが、
代わりに止めている」
「それは」
「いいことだと思います」
主人公は、
反射的に言いかける。
「それは――」
妹が、
先に続けた。
「でも」
「私がいることで、
変わるものもあります」
視線が、
ゆっくりと上がる。
「兄の判断」
「周囲の動き」
「管理する人たちの、
優先順位」
一つ一つ、
淡々と並べる。
「私が近くにいるほど」
「兄は、
選ばされる」
主人公の喉が、
鳴った。
「……それを、
誰に聞いた」
「誰にも」
即答。
「見ていれば、
分かります」
沈黙。
妹は、
ゆっくりと続ける。
「私は」
「強くなりたかっただけです」
「守れる側に、
なりたかった」
「でも」
「強くなった結果」
「守られる対象にも、
なりました」
それは、
論理として正しい。
だからこそ、
否定できない。
「……それで」
主人公は、
言葉を探す。
「何を、
考えている」
妹は、
少しだけ迷った後、
答えた。
「距離です」
「……距離?」
「はい」
「物理的なものも」
「心理的なものも」
一拍。
「兄が、
選ばされない距離」
その言葉で、
全てが繋がった。
「……待て」
主人公の声が、
低くなる。
「それは」
「逃げじゃないか」
妹は、
静かに首を振る。
「違います」
「責任です」
その言葉が、
重く落ちる。
「兄は、
世界を止めました」
「私は、
世界を最適化しています」
「どちらも」
「世界から見れば、
“使える”」
だから。
「一緒にいれば、
交渉点が二つになる」
主人公は、
言葉を失う。
妹は、
最後にこう言った。
「まだ、
決めてはいません」
「でも」
「選択肢として、
考えています」
それは、
宣言ではない。
だが、
撤回前提でもない。
食事が終わる。
片付けをしながら、
妹は普段通りに動く。
背中は、
まっすぐだ。
主人公は、
その背中を見つめながら思う。
第一部で、
世界を救った時より。
今の方が、
よほど怖い。
なぜなら。
相手は、
世界ではなく、
自分の家族だからだ。
第二部は、
決断の直前まで来た。




