第二部・第13話 交渉材料という言葉の意味
知らされ方は、
配慮に満ちていた。
だからこそ、
逃げ場がなかった。
「……勇者エレギオンは、
戦力の話をしていません」
静かな部屋で、
担当官がそう切り出す。
資料は、
最小限。
言葉も、
最小限。
「彼が見ているのは、
能力そのものではなく」
「能力が生む“歪み”です」
主人公は、
黙って聞いている。
「人類悪の件で、
あなたは証明しました」
「一個人が、
世界の前提を壊し得ることを」
それは、
もう否定できない事実だ。
「そして、
今回で起きているのは」
担当官は、
一拍置く。
「歪みが、
家族単位に降りてきた事例」
胸の奥で、
嫌な音がした。
「……妹の話か」
「はい」
即答だった。
「彼女は、
戦力ではありません」
「ですが」
「将来的に、
交渉材料になり得る」
言葉が、
頭の中で何度も反響する。
交渉。
材料。
「……待て」
主人公は、
ようやく声を出す。
「妹は、
誰かを脅したりしていない」
「敵意もない」
「それは、
我々も理解しています」
「だからこそ、
問題なのです」
「……どういう意味だ」
担当官は、
資料を一枚だけ切り替える。
そこには、
単純な図が描かれていた。
【世界】
↓
【特異点】
↓
【生活圏】
↓
【家族】
「歪みは、
外側から内側へ進むとは限りません」
「むしろ」
「守ろうとする場所ほど、
歪みは価値を持つ」
主人公は、
ゆっくり息を吸う。
「……つまり」
「妹が危険だから、
狙われるんじゃない」
「妹を守りたい俺がいるから、
狙われる」
担当官は、
否定しなかった。
「勇者エレギオンは、
それを“弱点”とは呼びません」
「“交渉点”と呼びます」
言葉が、
冷たく刺さる。
「……あいつは」
「俺が、
どんな選択をするかを
見に来たんだな」
「はい」
「あなたが」
「世界を選ぶのか」
「家族を選ぶのか」
「あるいは」
「その二択を拒否するのか」
沈黙。
第一部で、
何度も見た構図だ。
世界か。
個人か。
その時、
自分は一人だった。
だが、
今は違う。
「……妹は」
「そのことを、
知っているのか」
「いいえ」
「現時点では、
知らせていません」
それは、
配慮だった。
同時に、
猶予でもある。
「……知らせたら」
「彼女は、
“最適解”を選ぶでしょう」
「自分を、
差し出す形で」
主人公は、
目を閉じた。
それは、
容易に想像できる。
妹は、
強い方を選ぶ。
それが、
彼女の能力だから。
「……それを、
止める方法は?」
担当官は、
少しだけ間を置いた。
「一つだけ、
あります」
主人公は、
顔を上げる。
「あなたが、
“交渉材料として成立しない存在”に
なることです」
一瞬、
意味が分からなかった。
「……どういう」
「あなたが、
彼女を選ばない」
「あるいは」
「彼女を選べない状態になる」
言い換えれば。
「守ろうとしない」
その言葉で、
全てが繋がった。
妹が距離を取ろうとしている理由。
管理側が直接触れない理由。
勇者が戦わずに来た理由。
全部。
「……ふざけるな」
小さな声だった。
「守らなきゃ、
交渉材料になる」
「守らなきゃ、
世界に使われる」
「守らなければ、
守れなくなる」
矛盾だらけだ。
「……前回より、
よっぽど詰んでるな」
誰に向けるでもなく、
そう言った。
担当官は、
何も答えない。
答えは、
もう出ているからだ。
主人公は、
立ち上がる。
「……帰ります」
「妹の顔、
見ておきたい」
それは、
願いではなく確認だった。
この家族が、
まだ家族でいられるか。
それを決める猶予は、
もう三日しかない。
第二部は、
選択の中心へ踏み込んだ。




