第二部・第12話 勇者は、戦わずに来た
来訪は、
静かすぎるほど静かだった。
空間転移の光も、
衝撃波もない。
警報すら鳴らなかった。
ただ、
用意されていた会議室に、
“最初からそこにいた”かのように一人増えていただけだ。
「……初めまして」
男は、
丁寧に頭を下げた。
「ステイラより参りました。
勇者エレギオンと申します」
拍子抜けするほど、
普通の声だった。
威圧も、
高揚もない。
だが、
その場にいる全員が理解する。
この男が、
ステイラの“代表”だ。
「本日は、
戦闘の意思はありません」
最初の一言が、
それだった。
「降伏勧告、
という言葉が独り歩きしているようですが」
「正確には、
“選択肢の提示”です」
端末が操作され、
資料が投影される。
地球の現状。
能力者の分布。
人的・社会的損耗。
「人類悪の件では、
我々は一つの選択肢を失いました」
淡々とした口調。
「ですが」
「失敗したとは考えていません」
会議室が、
わずかにざわめく。
「……理由を聞かせてください」
エレギオンは、
すぐに答えた。
「貴方方は、
“一個人”でそれを止めた」
「それは、
世界としては異常です」
「ですが」
「異常は、
管理すれば資源になります」
その言葉が、
空気を切る。
「……資源?」
「はい」
「特異点。
能力の歪み。
管理対象の未成年」
一つ一つ、
言葉を区切る。
「貴方方の世界は、
すでに“内側から壊れ始めている”」
「それを」
「我々は、
外から整えることができる」
沈黙。
「降伏とは、
服従ではありません」
「主権も、
文化も奪いません」
「ただ」
「戦争という手段を、
選ばなくて済む道を差し出す」
一人が、
問い返す。
「拒否した場合は?」
エレギオンは、
少しだけ目を細めた。
「その場合」
「我々は、
“管理を伴う介入”を開始します」
言い換えれば、
戦争だ。
だが、
口にはしない。
「……人類悪のような存在を、
再び投入する、と?」
「いいえ」
即答だった。
「彼女は、
最適解ではなかった」
「破壊力が高すぎ、
交渉余地がなかった」
「次は」
「より合理的な手段を取ります」
資料が、
一瞬だけ切り替わる。
固有魔法使いの概要。
数名分。
すぐに、
画面は暗転する。
「……それ以上は、
見せない?」
「ええ」
「まだ、
“選んでいない”でしょうから」
その言葉は、
丁寧だった。
だが、
逃げ道は示されていない。
「……一つ、
確認させてください」
責任者が、
重く口を開く。
「あなたは」
「我々が、
何を一番守ろうとしているかを
知った上で、
この話をしている」
エレギオンは、
少しだけ間を置いた。
「はい」
「ですから」
「戦力の話は、
していません」
「社会の話も、
していません」
「家族の話をしています」
その瞬間、
誰かが息を呑んだ。
「……それは」
「脅しではありません」
「事実です」
「歪みは、
最も近い場所から広がる」
「そして」
「最も守りたい場所ほど、
交渉材料になりやすい」
会議室が、
完全に沈黙する。
「……返答期限は?」
「三日」
短い。
「その間、
我々は何もしません」
「ですが」
「貴方方が、
内部で何を選ぶかは
観測させてもらいます」
立ち上がる。
「では」
「この世界が、
どの未来を選ぶのか」
「楽しみにしています」
次の瞬間、
男の姿は消えていた。
何も、
壊れていない。
誰も、
傷ついていない。
それでも。
戦争より重いものが、
置いていかれた。
降伏勧告は、
終わった。
だが、
交渉は今、
始まったばかりだ。




