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第二部・第11話 勇者の名が記録された日

会議は、

いつもより少ない人数で始まった。


大きな議題はない。

緊急招集でもない。


だが、

資料の厚みが違う。


「……異世界ステイラ側から、

 正式な外交文書が届きました」


静かな声で、

担当官が切り出す。


スクリーンに映し出されたのは、

翻訳済みの文面だった。


装飾はない。

威圧も、謝罪もない。


降伏勧告。


「……強気ですね」


誰かが、

感情を抑えて言う。


「人類悪を失った直後に?」


「だからです」


別の声が、

即座に返す。


「彼らは、

 “損失は織り込み済み”だった」


文書の一部が、

拡大される。


【本件は、

 交渉の失敗を意味しない】

【一つの手段が、

 失われただけである】


「……手段」


その言葉が、

重く落ちる。


「他にも、

 切り札があると」


「ええ」


「しかも、

 今回は“使わない前提”です」


会議室が、

わずかにざわつく。


「どういう意味ですか」


「戦闘ではなく、

 対話で終わらせる想定」


「……それは、

 脅しですか」


「いいえ」


担当官は、

首を横に振る。


「自信です」


次のページ。


文書の末尾に、

署名がある。


個人名。


「……ここです」


指で示される。


【ステイラ勇者】

【エレギオン】


その名が、

会議室に初めて響いた。


「……勇者」


誰かが、

小さく息を吐く。


「来るのか?」


「いえ」


「少なくとも、

 この文書では“来ない”」


「勇者エレギオンは、

 “交渉の責任者”として

 名前を出しています」


「戦場に立つ勇者、

 ではない」


「そうです」


「世界を代表する窓口」


沈黙。


「……妙ですね」


分析官が、

言葉を挟む。


「人類悪の件で、

 我々は彼らに大きな打撃を与えた」


「それなのに、

 態度が一切揺れていない」


「むしろ」


「こちらの内情を、

 把握しているように見える」


資料が切り替わる。


ステイラ側の動向。

固有魔法使いの配置。

勇者の過去行動。


「……エレギオンは、

 戦績よりも

 “調停”の記録が多い」


「勝った戦争より、

 終わらせた戦争の方が多い」


「つまり」


「この勇者は、

 勝ちに来ていない」


「……では、

 何をしに?」


その問いに、

すぐ答えは出なかった。


代わりに、

別の資料が表示される。


【地球側・特異点一覧】


主人公の項目が、

一瞬だけ映る。


そして。


【同居家族/未成年】


そこにも、

赤枠がついている。


「……」


誰も、

言葉を発しない。


「エレギオンが、

 この情報を知っている可能性は?」


「高いです」


「彼は、

 “戦力”よりも

 “歪み”を見る勇者です」


「……つまり」


「我々が、

 何を守ろうとしているかを

 見に来る」


会議室の空気が、

一段冷える。


「対応方針は?」


責任者が、

短く答える。


「迎撃準備は行わない」


「拒絶もしない」


「話を聞く」


その判断は、

重かった。


「……特異点本人への通知は?」


「まだです」


「今、知らせれば」


「彼は、

 自分を交渉材料に

 差し出しかねない」


誰も、

否定しなかった。


「……妹の件は?」


「伏せます」


「彼女は、

 まだ“こちら側の問題”です」


会議は、

静かに終わった。


だが、

一つだけ確定したことがある。


世界の外側から、

 名前を呼ばれた。


勇者エレギオン。


その名は、

まだ姿を持たない。


だが。


交渉は、

 すでに始まっている。


第二部は、

次の段階へ入る。

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