第二部・第6話 口に出せなかった名前
夕食の後片付けが終わり、
リビングにはテレビの音だけが残っていた。
ニュースは穏やかだ。
事故件数の減少。
治安改善。
専門家のコメント。
どれも、
最近聞き慣れた話題。
主人公は、
湯のみを両手で包んだまま、
画面を見ていなかった。
「……なあ」
声を出した瞬間、
妹がこちらを見る。
反応が早い。
早すぎる。
「なに?」
言葉が、
そこで詰まる。
何から聞くべきか。
どこまで踏み込むべきか。
第一部で、
無数の判断をしてきた。
命を賭ける判断。
世界を壊す判断。
それなのに。
たった一言が、
一番重い。
「最近さ」
自分でも分かるほど、
歯切れが悪い。
「……その」
妹は、
待っている。
急かさない。
視線も逸らさない。
「能力のことなんだけど」
その単語を口にした瞬間、
空気が変わった。
目に見えるほどではない。
だが、
確実に。
妹は、
一度だけ瞬きをする。
「……うん」
「どうしたの?」
問い返しは、
落ち着いている。
だが、
準備された声音だった。
「……使ってるのか」
問いは、
短くなった。
妹は、
すぐには答えない。
一拍。
ほんの一拍。
「……必要なときは」
それだけ。
「……それって」
続きを、
言えなかった。
本当は聞きたかった。
どんな能力か
どんな条件か
どんな代償があるのか
でも。
「代償」という言葉が、
喉に引っかかる。
自分が、
どれだけの代償を
周囲に押し付けてきたかを、
思い出してしまう。
「……兄ちゃん?」
妹の声が、
少し低くなる。
「なに、
心配してるの?」
心配。
その言葉が、
胸に刺さる。
「……いや」
嘘だ。
だが、
正直でもある。
「俺が言える立場じゃ、
ないから」
それが、
本音だった。
妹は、
少しだけ眉を下げた。
「……私」
言いかけて、
止める。
代わりに、
こう言った。
「ちゃんと、
考えてるよ」
その言葉は、
誓いでも反論でもない。
ただの、
事実報告。
主人公は、
それ以上踏み込めなかった。
沈黙が落ちる。
テレビの音が、
やけに大きい。
「……ごめん」
謝る理由は、
自分でも分からない。
「ううん」
妹は、
首を振る。
「兄ちゃんが、
無事でよかった」
その一言で、
全てが止まった。
能力の話も。
安全すぎる日常も。
管理の影も。
兄としての立場だけが、
そこに残る。
「……ああ」
それ以上、
何も言えなかった。
夜。
布団に入ってからも、
眠れない。
考え続けてしまう。
もし、
自分が能力を得たとき。
もし、
妹が同じ選択をしていたら。
自分は、
止められただろうか。
答えは、
分からない。
だが。
止めなかった未来を、
自分は知っている。
それが、
一番苦しい。
隣の部屋から、
微かな物音がする。
妹が、
何かを片付けている。
動きは、
静かで正確。
主人公は、
天井を見つめたまま思う。
言わなかった。
だが、
言えなかったこと自体が、
もう選択だ。
そして。
その選択が、
どんな未来を呼ぶのか。
それを知る者は、
この家にもう一人いる。
第二部は、
次の臨界点へ向かう。




