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第二部・第5話 安全すぎる日常

気づいたのは、

本当に些細なことだった。


朝、ゴミ出しに出たとき。

通学時間帯なのに、交差点が静かすぎる。


クラクションも、急ブレーキの音もない。

信号が変わるたび、人と車が規則正しく流れていく。


「……こんなだったか」


誰に向けるでもなく、そう呟いた。


家に戻り、鍵を閉める。

ドアノブの感触はいつも通り。

異音も、引っかかりもない。


問題がないこと自体が、少し不自然だった。


昼前、買い出しに出る。

スーパーは混んでいるが、騒がしくない。


カート同士がぶつからない。

列に割り込む人もいない。

レジのトラブルも起きない。


「……平和だな」


そう言ってから、

胸の奥で何かが引っかかった。


平和、という言葉は、

努力や犠牲の結果として使うものだ。


ただ並んでいるだけで成立するものじゃない。


帰り道。

横断歩道で信号を待つ。


子どもが走り出そうとして、止まる。

自転車が角を曲がる直前で減速する。

トラックが早めにブレーキを踏む。


全部、

“一瞬早い”。


事故になる前に止まる。

衝突の直前で逸れる。

トラブルの芽が、芽のまま消える。


確率的には、

あり得る。


だが、

毎回はあり得ない。


「……」


胸の奥が、冷えていく。


家に戻ると、妹がいた。

ソファで資料を広げている。


姿勢は整っている。

呼吸も安定している。


「買い物、どうだった?」


「……普通」


「そっか」


その返事も、普通だ。


だが、

普通が重なりすぎている。


「なあ」


声をかけると、

妹は顔を上げた。


「最近さ」


言葉を選ぶ。


「……危ない目、

 あったか?」


妹は、

一瞬だけ考える。


本当に一瞬。


「ううん」


「特には」


その答えに、嘘はない。


だからこそ、

余計におかしい。


「……そうか」


会話は、そこで終わった。


だが、

主人公の思考は終わらない。


第一部で学んだ。


世界は、何も起きないときほど、

 何かが裏で動いている。


自分の能力は、

使っていない。


幸運も、悪運も、沈黙している。


それなのに。


自分の生活圏だけ、

 危険が遠ざかっている。


夜。

ベランダに出る。


街灯が、やけに多い。

死角が、ほとんどない。


「……やりすぎだろ」


誰にともなく、そう言った。


頭の中で、

いくつかの可能性が浮かぶ。


行政。

警備。

偶然。


そして、

一つだけ、

考えたくない仮説。


「……妹か」


すぐに、首を振る。


違う。

妹は、そんなことをするタイプじゃない。


少なくとも、

意図的には。


だが。


「意図しない結果」が、

一番危険なのは、

自分がよく知っている。


部屋に戻ると、

妹がテレビを見ていた。


ニュースは、

事故件数の減少を伝えている。


「最近、

 平和だね」


妹が、

何気なく言う。


主人公は、

画面から目を離せなかった。


「……ああ」


平和。


その言葉が、

今はやけに重い。


平和が、

 誰か一人の最適化の上に

 成り立っているとしたら。


それは、

正しいのか。


主人公は、

答えを出せない。


ただ一つ、

確信だけが残った。


この安全は、

 自然発生じゃない。


そして、

それに気づいてしまった以上。


もう、

何も知らなかった頃には戻れない。


第二部は、

次の段階へ進む。

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