第二部・第1話 管理対象、帰宅する
退院ではなかった。
それは、
引き渡しに近い。
書類にサインをして、
端末で指紋を認証して、
最後に確認を受ける。
「自宅療養期間中の外出は制限されます」
「通信は記録されます」
「緊急時を除き、
能力の使用は禁止です」
淡々と読み上げられる条件は、
命令でも忠告でもない。
注意事項という形をしているだけの、決定事項だ。
「……質問は?」
そう聞かれて、
首を横に振る。
質問をしたところで、
答えは変わらない。
「では、
本日付で管理フェーズを移行します」
管理。
その言葉が、
もう痛みを伴わなくなっていることに気づく。
迎えの車は、
普通だった。
黒塗りでも、
装甲でもない。
街を走る、
どこにでもある車。
窓の外には、
日常が流れている。
信号。
横断歩道。
コンビニの看板。
世界は、
終わっていない。
だが。
自分だけが、
別の場所から戻ってきた。
鍵を回す。
金属音が、
やけに大きく聞こえた。
玄関を開けると、
変わらない匂いがする。
洗剤。
畳。
昨日のままの空気。
「……ただいま」
声に出してから、
少し遅れて実感が来た。
ここは、
自分の家だ。
靴を脱いで、
廊下を進む。
二人分の生活。
自分の部屋と、
妹の部屋。
それだけの、
狭い家。
リビングには、
明かりがついていた。
「……兄ちゃん?」
声がする。
その一言で、
胸の奥が一気に緩んだ。
「……ああ」
妹が、
キッチンから顔を出す。
エプロン。
髪をまとめた後ろ姿。
見慣れた光景。
「本当に、
帰ってきたんだね」
その言い方は、
昔と同じだった。
「……心配、かけた」
「うん」
即答。
「めちゃくちゃ」
叱られるかと思った。
泣かれるかと思った。
でも、
妹はそれ以上何も言わなかった。
「ごはん、
すぐできるよ」
鍋の音が、
再開する。
「……無理、
してないか」
「してないよ」
「ちゃんと、
手順守ってる」
その言葉に、
少しだけ引っかかる。
だが、
今は流す。
椅子に座ると、
身体が少しだけ重い。
完全に戻った、
と言われている。
数値上は。
だが、
自分の感覚は違う。
「……なあ」
「俺がいない間、
何かあったか」
妹は、
一瞬だけ手を止めた。
「……ニュース、
見てたよ」
「世界、
大変だったね」
それだけ。
聞きたいことは、
それじゃない。
「……能力、
使ったか」
妹は、
鍋の火を弱めてから答えた。
「……うん」
短い返事。
「必要な時だけ」
その言葉は、
正しい。
でも、
理由が聞こえない。
「……怖く、なかったか」
妹は、
少し考えてから言った。
「怖かったよ」
「でも」
「使わない方が、
もっと怖かった」
胸の奥で、
嫌な音がする。
「……そうか」
それ以上、
言えなかった。
食卓に並ぶ料理は、
どれも普通だ。
味も、
変わっていない。
二人で食べる。
テレビをつけて、
他愛もない話をする。
一見、
何も変わっていない。
だが。
主人公は、
気づいていた。
妹の動きが、
正確すぎることに。
包丁の角度。
火加減。
振り向くタイミング。
偶然にしては、
揃いすぎている。
「……なあ」
「最近、
何か変えたか」
妹は、
箸を止めた。
「……何を?」
「生活とか」
「考え方とか」
一拍。
妹は、
小さく笑った。
「……兄ちゃんが、
いない間」
「考える時間は、
いっぱいあったよ」
その言葉は、
穏やかだった。
だが。
主人公は、
なぜか背筋が冷えた。
この家は、
変わっていない。
だが。
世界は、
もう一段、
先に進んでいる。
そして。
それは、
この家の中から始まる。
第二部は、
静かに動き出した。
第二部開始します




