第43話 それは、正しい否定だった
意識は、
浮上というより――引きずり上げられた。
眠りから覚めた感覚じゃない。
沈んでいた底から、
無理やり水面に顔を出させられた感覚だった。
音が、
遅れて届く。
電子音。
人の声。
遠くで動く装置の振動。
「……脳波、反応あり」
誰かが言った。
「……聞こえますか?」
声は、
近い。
だが、
自分の身体がどこにあるのか分からない。
目を開こうとして、
開かない。
喉を動かそうとして、
動かない。
それでも。
思考だけが、
妙に澄んでいた。
「……奇跡的です」
医療担当の声が、
少しだけ震える。
「ここまで戻るとは……」
その一言で、
理解した。
まだ、続けている。
回復を。
治療を。
無駄な努力を。
「……やめろ」
声は、
自分でも驚くほど、
はっきり出た。
一瞬。
部屋が、
凍りつく。
「……聞こえましたか?」
「意識レベル――」
「やめろって言ってる」
言葉を選ぶ余裕は、
なかった。
「……誰が、
続けろって言った」
誰も、
すぐには答えなかった。
だから、
俺は続ける。
「……無理だろ」
「数字、
見えてるぞ」
視界の端に、
ぼんやりと数値が見える。
完全じゃない。
だが、分かる。
「……割に合わない」
「何人、
ここに集めた」
「何人、
危険に晒してる」
医療担当が、
言い淀む。
「……あなたを救うためです」
その言葉に、
喉の奥で笑いそうになった。
「……違う」
「俺を使って、
試してるだけだ」
空気が、
さらに重くなる。
「回復できるか」
「能力が、
どこまで届くか」
「……そうだろ」
分析担当が、
何か言おうとした。
だが、
俺は止めない。
「……俺は」
「それを、
最初から拒否する側だ」
「人類悪は、
死んだ」
「目的は、
終わった」
「……それでいい」
誰かが、
小さく息を吸う。
「あなたが、
生きている限り」
「再現性が――」
「いらない」
即答だった。
「再現性も」
「検証も」
「次の作戦も」
「……全部、
いらない」
「俺一人で、
終わった話だ」
言葉を重ねるたびに、
頭が痛む。
だが、
止めなかった。
「……お前ら」
「“最短ルート”とか
言ってるだろ」
「それ」
「俺が、
一番嫌いな考え方だ」
医療担当が、
震える声で言う。
「……ですが」
「このまま続ければ、
回復の可能性が――」
「可能性?」
俺は、
鼻で笑った。
「……知ってるか」
「可能性ってのは」
「失敗を
他人に押し付ける時に
使う言葉だ」
沈黙。
「俺は」
「自分がやったことの
後始末を」
「他人にやらせる気はない」
「だから」
「やめろ」
「……今すぐ」
視界が、
暗くなる。
限界だった。
それでも、
最後に言う。
「……幼馴染に、
伝えろ」
声が、
掠れる。
「……俺は」
「助けられたくない」
「……助ける価値がない」
それだけ言って、
意識が落ちた。
装置の音が、
少しだけ大きくなる。
医療担当が、
ゆっくりと椅子に座り込んだ。
「……否定、
されましたね」
分析担当は、
主人公の数値を見つめたまま答える。
「はい」
「一番、
正しい否定です」
「……続けますか?」
分析担当は、
少しだけ黙ってから言った。
「……続けるしかない」
「彼が否定したのは」
「“他人が決める回復”です」
「生きるかどうかを
決める権利まで
放棄したわけじゃない」
その理屈は、
あまりにも残酷だった。
だが。
世界は、
その否定すら
利用して前に進む。
第一部は、
終わりに近づいている。




