第35話 触れる前に、勝敗は決まっている
街は、もう街じゃなかった。
建物は立っている。
道路も残っている。
だが、人がいない。
人がいないという状態が、完成している。
避難が終わったのではない。
逃げ切れたわけでもない。
ただ、踏まれた後の静けさが広がっている。
俺は、その中を歩いていた。
走らない。
隠れない。
警戒もしない。
それが、この作戦の一部だからだ。
耳に入る音は、自分の足音だけだった。
瓦礫を踏む乾いた音。
風が抜ける音。
遠くで何かが崩れる、遅れて届く振動。
「……いるな」
独り言は、喉の奥で止めた。
言葉にした瞬間、
意思になる。
今、俺に必要なのは、意思じゃない。
受容だ。
視界の先。
広場の中央。
少女がいた。
服は、相変わらず簡素だ。
血も、汚れも、付いていない。
足元には、人だったものがまとめられている。
分類。
整理。
管理。
作業が終わった直後の風景だった。
少女は、しゃがみ込み、
一つ一つを眺めていた。
「……うーん」
声が、やけに軽い。
「この人、
反応よかったな」
「こっちは、
すぐ壊れた」
独り言。
評価。
玩具を並べる子供の声と、何も変わらない。
俺は、
距離を詰める。
一歩。
また一歩。
爆弾は、重い。
だが、
ただの重りだ。
今は、
まだ。
心拍数は、上がっていない。
呼吸も、乱れていない。
悪運は、反応しない。
当然だ。
まだ、命に関わっていない。
少女が、
顔を上げた。
目が合う。
一瞬。
「……あ」
その声には、
驚きがなかった。
「生きてる人、
いたんだ」
評価は、
それだけだ。
警戒。
敵意。
殺意。
どれも、
乗ってこない。
「……逃げないの?」
俺は、
首を横に振った。
言葉は、
出さない。
言葉は、
“対話”になる。
今は、
対話の段階じゃない。
少女は、
少しだけ首を傾げた。
「……変なの」
「でも」
「ちょうどいいや」
立ち上がる。
その瞬間、
空気が変わった。
殺しに入る前兆。
俺の視界が、
少しだけ歪む。
悪運が、
ざわつく。
「……あ」
少女が、
俺を見て言う。
「運、
いいね」
初めて、
俺を“人”として見た。
だが。
それでも、
危険評価は上がらない。
「……でも」
「使えそう」
その言葉で、
確信する。
爆弾は、
見えていない。
少女は、
一歩、近づく。
俺は、
動かない。
距離。
三歩。
二歩。
一歩。
熱を、
感じる。
放射線を、
感じない。
当然だ。
まだ、起きていない。
俺の指が、
スキル画面を呼び出す。
視界の端。
半透明の表示。
【保険運:現在値 3】
【消費可能】
その下。
【天運:自動発動/次回発動可能】
そして、
俺の意思で開いた項目。
【確率指定】
「……なに、それ」
少女が、
不思議そうに言う。
だが、
もう遅い。
確率指定は、
一文でいい。
俺は、
入力する。
「この爆弾が、人類悪を確実に殺す」
抽象度は、
最低。
対象は、
一つ。
結果は、
一つ。
残りは。
確率を、
百にするだけだ。
指が、
止まる。
ここが、
最後の戻り道。
少女は、
笑っていた。
「……ねえ」
「名前、
聞いていい?」
その無邪気さが、
理由だ。
この存在は、
人殺しに集中するほど、
純粋な子供だ。
だから、
気づかない。
だから、
終わる。
俺は、
画面を見つめたまま、
静かに答えた。
「……関係ない」
そして。
確率指定の横にある、
“100%”を選ぶ。
まだ、
押していない。
だが。
勝敗は、
もう決まっている。




