第30話 保険は、使わない日のために積む
スキル画面は、相変わらず淡々としていた。
戦線が崩れ、秩序が割れ、全人類にポイントが配られた直後だというのに、
そこには祝福も、警告も、物語性もない。
ただ、項目と数値が並んでいるだけだ。
――だから、信用できる。
【追加スキルポイント:+25】
【現在のスキルポイント:145】
数字は十分だ。
欲しい能力も、もう決まっている。
だが、
選び方を間違えれば、意味がない。
俺は、一覧を一つずつ流した。
攻撃系。
防御系。
強化系。
回復系。
どれも、
人類悪の前では誤差だ。
正面から殴る能力は、最初から除外している。
防ぐ能力も同じだ。
倫理的であるほど弱くなる相手に、
“正しい力”は通らない。
残るのは、
確率に触れる力だけだ。
俺は、検索条件を絞る。
【カテゴリ:確率/運】
【発動条件:任意】
【蓄積型:可】
一覧が、
一気に減った。
その中に、
一つだけ、異質な説明がある。
【能力名:保険運】
説明文を開く。
使用者が一日使用しなかった「幸運」を、
保険ポイントとして蓄積する。
一日あたり最大3ポイントまで蓄積可能。
保険ポイントは、
任意の確率事象に対して消費できる。
消費ポイント=成功確率(%)
100ポイント消費時、
天運相当の確率干渉を確定発動。
俺は、
しばらく画面を見つめた。
「……保険、か」
名前が、
やけに現実的だ。
幸運は、
使えば使うほど歪む。
天運は、
使うたびに世界を壊す。
だが、
保険は違う。
使わなかった日が、
力になる。
「……いい設計だ」
独り言が、
自然に出た。
この能力は、
派手じゃない。
即効性もない。
英雄的でもない。
だが。
失敗したときの責任を、
事前に積み立てる能力だ。
俺は、
指を止めた。
ここで重要なのは、
取得そのものじゃない。
制約との噛み合いだ。
幸運は、
俺を守らない。
だから、
日常で幸運を使わない日は多い。
天運は、
自動発動だ。
だが、
それは“来るかどうか”の話で、
“いつ使うか”は選べない。
保険運は、
その隙間を埋める。
「……なるほど」
俺は、
天運を“意思で呼ぶ”ために、
天運を溜める。
それは、
矛盾している。
だが、
今までの俺の戦い方そのものだ。
確認画面が、表示される。
【保険運を取得しますか?】
【消費スキルポイント:40】
数字は、
軽い。
だが、
意味は重い。
俺は、
一度だけ深く息を吸った。
「……取る」
決定。
画面が、
一瞬だけ暗転する。
次に表示されたのは、
新しい項目だった。
【保険運:取得済】
【現在の保険ポイント:0】
ゼロ。
当然だ。
これは、
今日から積む能力だ。
俺は、
画面を閉じた。
天運は、
まだ自動だ。
悪運は、
今日しか守らない。
幸運は、
俺を素通りする。
だが。
失敗しなかった日が、
確率になる。
それは、
今までになかった選択肢だ。
俺は、
指揮所の外を見た。
遠くで、
前線の光が瞬いている。
「……百、か」
100ポイント。
100日、
何も起きなかった証拠。
それを使うとき。
俺は、
天運を“祈り”じゃなく、
契約として切る。
その使い道は、
もう見えていた。
人類悪。
一対一で負けない相手。
例外は、
“よほど運が悪かった場合”。
なら。
「……よほど、
運を良くすればいい」
それだけだ。




